サンスクリット ― 音読のための基礎文法

注:このページの記述の多くは、これらの参考文献や辞典に拠っています。

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-tu [1]〔命令法為他三人称単数〕

āvahaiのページに引き続き、動詞の語尾について見ていきたい。

oṁ saha nāvavatu | saha nau bhunaktu | Nārāyaṇa Upaniṣad /「ヴェーダテキスト1」サティヤ サイ出版協会 p.63

avatu は、「護る」「世話する・助ける」などを意味する動詞√av の変化形の一つ。-āvahai と同じく命令法であるが、為他三人称単数ということで、主語と利害関係者とが -āvahai と異なる。「彼は(彼以外のために)〔誰それを〕護れ・助けよ」といった意味になる。

-tuという語尾は、命令法為他三人称単数を表す。⇒『彼/彼女は(彼/彼女以外のために)~せよ』

saha は、「一緒に・ともに・協力して」の意味。nāv は、nau に母音が続いているために変化した語形で、一人称両数の附帯形「私たち2人を」。この言葉は、師弟が勉強を始める前に毎回唱えるものであり、神への呼びかけである。二人称に対して、三人称の形の命令法を使うと、より丁寧な命令になる。

saha nāvavatu の部分で、「〔神よ、〕私たち2人のために力をお貸しください」といった意味になる。

次の文も、saha nau の2語は同じ意味。bhunaktu は、動詞√bhuj の命令法為他三人称単数。√bhuj は、「享受する・用いる・味わう」などの意味がある。この部分は、「〔神よ、〕私たち2人のために私たちをお使いください」といった意味になる。神の僕として役立ててください、それが私たちの望みです、という文脈であろう。

tejasvināvadhītamastu | Nārāyaṇa Upaniṣad /「ヴェーダテキスト1」サティヤ サイ出版協会 p.63

同じ文献のすぐ次の行。

astu は、動詞√as の命令法為他三人称単数。√as は、「ある・いる」の意味で、英語の be 動詞にほぼ相当する。命令法なので、「~があれ」「~であれ」ということ。

その前の部分は、tejasvi、nau、adhītam と、3語に分かれる。

tejasvi は、tejasvin という形容詞の格変化形。サンスクリットの形容詞が、名詞と違うのは、名詞が中性・男性・女性のどれか1つの性を持つのに対し、形容詞は、どんな名詞をも修飾できるように、3つの性に応じて語形変化することである。ここでは、中性単数主格形。語尾から -n が1つ落ちるという変わった変化だが、そういう規則の語尾である。tejasvin の意味は、「鋭い・輝いた・強い・力ある」など。

nau は、上の nāvavatu と同様に、次に母音が続いていることで、nāv となっている。同じように、一人称両数の附帯形だが、ここでは、属格の意味で使われている。「私たち2人の」。

adhītam は、動詞adhi√i の過去受動分詞(過去分詞)の格変化形。過去受動分詞は、「~された~」という形容詞的な意味を持つ分詞で、形容詞と同様の格変化をする。動詞adhi√i は、「学ぶ・習得する」などの意味。その過去受動分詞で、「学ばれた」。更に、名詞的に用いられているので、「学ばれたもの」。中性単数主格形である。

まとめると、「私たち2人によって学ばれたものが、効力(または栄光)のあるものであれ」といった意味になる。

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Q. 附帯形って何のこと?

A. 上で、nau は附帯形だ、と述べました。この「附帯形」というのは、日本語の文法で言う「付属語」のようなもので、自立して使えない語形のことです。サンスクリットでは、代名詞などの変化形の一部に、自立して使える語形と、附帯形との区別があります。「私たち2人を」(一人称両数対格)と言うときに、"āvām" というのが通常の自立した形で、"nau"というのが附帯形です。附帯形は、他の自立した単語(ここでは saha)に附属して意味を添えますが、例えば文頭に使うことはできません。

具体的には、また各代名詞を説明するときに解説します。

Q. √asって、英語の be 動詞と同じようにイメージしていいの?

A. 実際には、英語の be 動詞に比べて、かなり現れる率の少ない単語です。理由は3つあります。

1つは、サンスクリットには、√as と似た意味の単語が、他に幾つもあることです。√bhū や √vṛt、√vid などが代表的です。英語の be 動詞も、4つの動詞の活用形が1つの動詞に合流したことで、あのような不規則活用になっているのです。

2つ目は、「~は~である」と言うときの「~である」の部分を、省略可能なことです。

3つ目は、進行形が存在せず、受動態においても√as を使う必要がないなど、助動詞としての使用率がより少ないことです。

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(最終更新2013.9.29)

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