ホーム >> 拡張移動サ音度名唱 >> 微分音的な99の音度名

微分音的な99の音度名

「拡張移動サ音度名表(2)」に載せた、オクターヴ41分割による音度名表は、ピアノの鍵盤にない中立三度などの微分音を歌い分けることを目的とした音度名である。五線譜を素早く読むための唱法という目的観からは完全に逸脱している。

楽音のイメージを補強するという意味では共通するのだが、その楽音のモデルが、12半音モデルではなく、五線譜にすんなりとは適合せず、通常の五線譜のためには複雑すぎるためである。

人によっては、12半音モデルに当てはまらないような音程の違いは、ごく一部のマニアだけが問題にする些細なお飾り程度の違いだと思っているかもしれない。しかし、一部の音楽文化的立場から見れば、12半音モデルは不十分な、あるいは違和感のあるものであり、微分音的とされる音程の違いが捨象されることは、我慢のならないことなのである。このページは、五線譜の視唱を学びはじめた入門者のためではなく、もう少し深く、細かく音度名を振ることの意義を説明するものである。

12半音モデルとその他の楽音モデル

12半音モデルとは、細かい調律的差異はともかくとして、「音程の基本は全音と半音であり、半音を1とすれば全音はおよそ2の音程幅を持ち、1オクターヴは12個の半音によって成り立っている」という楽音観のことである。
 「全音は1種類しかない」とする音律を<中全音律>と呼ぶが、12半音モデルでは、半音も1種類とみなしている。

ところが、例えばインドの22シュルティの楽音観は、そうではない。「音程の基本は大全音・小全音・大半音・小半音の4つであり、それぞれはシュルティという微分音程の個数として、それぞれ4個・3個・2個・1個で表される。ただし、1シュルティの音程幅には種類がある」というものである。純正律の全音階(註1)の1オクターヴは、
 (大全音×3)+(小全音×2)+(大半音×2) (註2)
で成り立っているから、シュルティの数は、
 (4×3)+(3×2)+(2×2)=22
となる。

大全音と小全音の区別の根拠はと言えば、大全音の振動数比は 8:9、小全音は 9:10の音程で、それらを足し合わせると、純正長三度の振動数比 4:5 の音程になる。「大全音と小全音は純正で別々のきれいな音程。それらを平均した中全音というものはない」という原理に立つと、「同質の半音2つで全音1つ」ということには絶対にならない。半音もどうしても2種類以上あることになるから、音程の種類は4種類以上。それらの音程を整数値で模式化するには、最も広い大全音を「4」にするのが使う数の最も小さくシンプルな形である。だからこの<全音と半音をそれぞれ大小区別する>前提のもとでは、22分割が最低限の分割数になる。

近現代のインド古典音楽の楽典は、12半音モデルと22分割モデルの折衷になっているが、もともとの22分割モデルには12半音モデルの要素はない。このように、一定の確かな音楽的合理性を持ちながら、12半音モデルの拡張ではない楽音モデルが存在する。

全音が1種類で、半音だけが2種類区別されるなら、19分割が最も数の小さな分割方式となるし、全音や半音とは全く違う発想の分割方式もありうる。

22分割モデルと41分割モデルについて

私がここに載せた、41分割による音度名表は、1オクターヴを41分割する楽音観に依っている。

41分割モデルは、22分割モデルの拡張である。

インドの22分割モデルでは、「シュルティ」という微分音が単位になっているが、シュルティには音程幅の異なる種類がある。最も限界の小さな5限界音律のモデルの場合で、少なくとも3種類以上(註3)のシュルティが必要である。そして、狭いシュルティと広いシュルティの音程幅の差は、約4倍に及ぶ。例えるなら、化学の世界で、単純化して「原子が物質の単位です」と言えたとしても、水素・酸素・炭素など多くの種類の元素があって、質量も化学的性質も異なるようなものである。

5限界純正律の全音階では、
 ・大全音い1シュルティ+間の1シュルティ+い2シュルティ=4シュルティ……オクターブに3個
 ・小全音い1シュルティ+間の1シュルティ+い1シュルティ=3シュルティ……オクターブに2個
 ・大半音い1シュルティ+間の0シュルティ+い1シュルティ=2シュルティ……オクターブに2個
 (小半音い1シュルティ+間の0シュルティ+い0シュルティ=1シュルティ……全音階になし)
という構造になっている。

インド古典音楽では、事実上転調がないのでそれに合理性がある。

1曲を通して続く持続音に乗って演奏し、単一の情感をくまなく表現しつくすのが常道のインド古典音楽では、曲中で転調しようという発想がない。とはいっても同系統の同主調への転調はすることがあるが、属調や下属調、並行調への転調はしない。ましてや、クロマチック転調で半音・全音違いに平行移動する、なんてことはあり得ない。

他方で、調律の手間は惜しまない。往々にしてたくさんの弦のある弦楽器も、皮の張り具合を調整できる打楽器も、演奏前にその都度、時間をかけて調律する。その際に、何限界であれ、わざわざ少しずつ純正からずらしたり、平均的に等分したいという動機がない。だから故意に純正を外すということはしない。だから、インド古典音楽は、広義の純正律である。演奏中でも調律を直しながら弾くほど純正律である。ただし、音程のなめらかな移行や揺れ、歌い回しが表現として重要視されるため、常に純正の音だけが鳴っているわけではない。

そして、表現すべき情感は必要と感じればいくらでも増やしてよいのであり、ラーガ(旋法)の種類数に楽典上の上限はなく、その基盤となる音階の形にも制限がない。どんなシュルティをどう組み合わせるかは、ラーガごとに覚えれば問題ない。

その時の主奏楽器奏者が定めた主音とラーガを元に、伴奏楽器が調律を合わせる。主音を基準として22個のシュルティが並べられ、そこからそのラーガに使われる、主音以外の4~8音が選び取られ、ラーガの定義に沿って色付けした表現がされる。

だから、教会の大型オルガンの全パイプがその音律で調律されて作りつけられています、というのとはずいぶん状況が違って、柔軟である。一見奇妙に見えかねない22分割モデルの背景には、こういうことがある。

だが、シュルティを単位のように扱いながら大きな音程差があるよりは、ある程度均一性を持たせたほうが扱いやすい場面があるだろう。そこで、私はシュルティを便宜的にさらに分割し、「ヤシュティ」と呼ぶことにした。

広い1シュルティ⇒3、中間の1シュルティ⇒2、狭い1シュルティ⇒1
とするので、
 (広7個×3分割)+(中5個×2分割)+(狭10個×1)=41ヤシュティ 
となる。

こうすると、たとえオクターヴを単純に41等分しても、得られた音程が理想から大きく外れず、転調のモデルも作りやすい。特に完全五度・完全四度が、41等分割で非常によく近似できている。

41分割モデルの特徴

5限界で大小の全音を区別するというならば、オクターヴ53分割のモデルが広く使われていてより近似性が高い。ここでこれを使わずに41分割としているのは、
(1).7限界の音への近似をよりバランス良く採るため、
(2).実際に区別したい音を必要最低限の分割で区別するため、
(3).母音による変位の区別の限界のため、
(4).音程の違いとして比較的容易に聞き分けられる範囲で分割するため
である。全体として、様々な実用性のバランスのためである。41分割は、最も骨格となる完全五度/完全四度の近似の高い精確性を確保したうえで、無駄なく多くの実用的な音程への近似性を(均等分割すると精確性は今一つでも耳で納得しやすい程度に)獲得できるもので、極めてバランスの良い分割のひとつである。

<シュルティによる不均等22分割モデルのとき>
・大全音⇒4 ・小全音⇒3 ・大半音⇒2 ・小半音⇒1
 <41分割モデルのとき>
・大全音⇒7 ・小全音⇒6 ・大半音⇒4 ・小半音⇒3
 <53分割モデルをもし使うと>
・大全音⇒9 ・小全音⇒8 ・大半音⇒5 ・小半音⇒4

5限界と7限界の純正律の音程の大多数を12平均律より良く近似する

仮に単純に41平均律とした場合でも、12平均律に比べて、5限界と7限界の音程の大多数を、より純正に近く近似することができる。

“細かく分割しているのだから当然ではないか”と思われるかもしれないが、多くの音程をバランスよく改善できる分割数は珍しく、均等に近い分割という条件では、41分割はほぼ最小限と言える。特定の音程が<精密にピッタリ>という特徴はないが、多くの音程を幅広く改善しているのが特徴である。

もっとも、分割数を多くすれば近似できる音程が増やしやすいのは当然で、200分割以上もすれば、どんな音程も±3セント以内で近似でき、人の耳で聴くのには完璧に近いことになる。しかし、演奏の便という観点からすると、かえって難点が増えるので、それとのバランスということになる。

調律上ではなく旋律の違いとして聞こえる最大限の分割に近い

12分割は、おおまかな分割であり、全く専門的教育がなくとも、それらの間のより細かな音程が区別可能ことが自明である。24分割(四分音)くらいなら、旋律上の音程の違い、音楽の違いとして聞き取ることに、何の問題もない。現実に、中東地域の伝統音楽に使われている通りである。逆に、60分割(十分音)以上にもなると、よほど慎重に聴かなくては、音程の違いが分からず、旋律や楽曲が違うというより、調律上の違いと感じられることが多いだろう。

41分割(七分音よりやや大きい)はその中間にあって、旋律上か調律上かの聞こえ方の境界地帯にあると言える。

有効に使える段が多く無駄が少ない

41に分割したほぼ全ての段に、音楽的に意味のある役割が与えられ、分割のための分割・微分音化のための微分音になるような無駄が少ない。無意味なことに記憶と判断のリソースを使わない、という意味で、合理的で節度を持った分割である。

主音からの音程、という観点だけで、大半のヤシュティ数に対して、使える意味が割り当てられる。分割されたもののこの段は何に使うんだろう、という無意味な段はほぼ生じない。全ての段に音度名を割り当てた場合に、使えないものがあると無駄になるので、この合理性は重要である。

全音も半音も大小を区別し、中全音を持たない

純正への近似と、音程の彩りの豊富さに価値を置いており、全音も半音も、2種類以上を区別する。

逆に、中全音律(ミーントーン)や12平均律に見られるような、中全音を表す音程の段を持たない。

従って、例えば、明らかにピアノで演奏するのを理想としているような楽曲に対して、41分割モデルを適用するのは無効・無駄である。そして逆に、一度41分割モデルを適用したからには、常にその全音が大全音か小全音かを意識することになる。

さらに、本来はヤシュティにも複数の種類を用いるが、もしそうせずに均等に41平均律を採用した場合には、大全音と小全音の違いが純正よりも強調される。

長短音程の中間である中立音程を自然に表現する

自然に均等に分割するだけで、長二度と短二度の間の中立二度、長三度と短三度の間の中立三度、といった音程を表現できる。こうした中立音程は、いくつかの音楽ジャンルにおいては不可欠である。
 ・中立二度: 5ヤシュティ
 ・中立三度:12ヤシュティ
 ・中立六度:29ヤシュティ
 ・中立七度:36ヤシュティ
なお、完全音程になるべき音度(一度・四度・五度・八度)には、自然に純正な完全音程のみが生じる分割となっている。

素数分割であり、あらゆる音程がオクターブに対して循環する

41分割は、他によく使われる分割である、17分割・19分割・31分割・53分割などと同じく、素数個への分割である。

であるから、完全五度をはじめとするあらゆる音程が、それを積み重ねることでオクターブの中を循環し、分割された全ての段を回りつくす。

1ヤシュティと41ヤシュティ(オクターブ)を除くどの音程も、オクターブを等分することはできず、余りが生じ、堆積していくと、オクターブの倍数である元に戻るまでに、オクターブを構成する全段を巡回する。これは、12平均律が、オクターブを2分割・3分割・4分割・6分割の4通りの方法で等分割できるのと対照的である。

ボーレン・ピアース音階に対して親和的である

ボーレン・ピアース音階とは、3倍音(トリターブ・完全十二度)を13分割する音階であり、オクターブ周期ではない、現代音楽の音階である。

オクターブを41分割した音程は、3倍音を65分割することになるが、65は13の倍数である。そのため、13平均律の場合のボーレン・ピアース音階の音程を自然に表現できる。また41分割は、もともと7限界の音程に対して12分割よりも改善した分割であるため、7限界純正律の場合のボーレン・ピアース音階に対しても、12分割モデルよりも、良好な近似を与えることができる。

41という数の特徴

  • 互いに近い、5の倍数と7の倍数の和である。( 5 × 4 + 7 × 3 = 41 )
    このことから、ピアノやキーボードの白鍵を3分割・黒鍵を4分割したのが41分割モデルだと言うことができる。
  • 矩形数より1小さな数である。( 6 × 7 - 1 = 41 )
  • 連続する2つの平方数の和である。( ( 4 × 4 ) + ( 5 × 5 ) = 41 )
  • スーパー素数(素数番目の素数)である。
  • 素数を小さなほうから6つ足し合わせた和である。( 2 + 3 + 5 + 7 + 11 + 13 = 41 )
  • 1から7までの整数の約数の和である。
    ( 1 + ( 1 + 2 ) + ( 1 + 3 ) + ( 1 + 2 + 4 ) + ( 1 + 5 ) + ( 1 + 2 + 3 + 6 ) + ( 1 + 7 ) = 41 )
  • オイラーの素数生成式に登場する定数。
    その式によって生成される素数はオイラー素数と呼ばれる。

41分割モデルでの99の音度名

第一度(主音)から第七度までの音度について、第一度には9個、残りの6つの音度には各15個の変位に基づく音度名を設定することにより、合計99の音度名となる。(※子音終わりの閉音節を使う拡張(拡大循環領域)まで含めると287個)

各音度は、サルガムの7種の子音で区別し、その中の15種の変位を、母音(註4)の交替で表す。最も主要な音度名は、このサイトの他の体系とも土台にしたインドの用法とも共通するが、他の多くには互換性がない。他の音度名体系と同じように、隣同士の変位は近い母音で表す循環構造が原則である。

さらに細かい音高の違いを示すために、追加で音節末子音を付与できるのも、このサイトの他の音度名と同じである。なお、基本音度名99個の領域を逸脱した音域である拡大循環領域では、基本的な変位にも音節末子音を付け、その細分時には音節末子音を2個重ねる形がある。


註1)いわゆる長音階・自然短音階の元となるダイアトニックスケールのこと。(戻る)

註2)5限界純正律長音階の「ドーレ」間・「ファーソ」間・「ラーシ」間が大全音、「レーミ」間・「ソーラ」間が小全音、「ミーファ」間・「シード」間が大半音である。それに対し、ピタゴラス律長音階の場合は、「ドーレ」「レーミ」「ファーソ」「ソーラ」「ラーシ」間が全て大全音で、「ミーファ」間・「シード」間が小半音である。(戻る)

註3)音程の広いシュルティから順に、「プールナ(振動数比243:256)」「ニユーナ(24:25)」「プラマーナ(80:81)(=シントニックコンマ)」と呼ばれる。これらをオクターブの間に並べることによって、任意の主音からのピタゴラス律や純正律を不自由なく組み立てることができ、そこから音階に必要な互いに協和する任意の5~9個の音高を拾うことができる。その他、各シュルティの配置には様々なモデルがあるが、例えば同じ5限界でも、4種類の音程のシュルティを使うモデルもあり、上記3種に加えて、ニユーナとプラマーナの間の 125:128(=ディエシス)の音程を用いる。そちらのモデルでは、広いシュルティから順に、4個・8個・3個・7個を使って22シュルティとなる。こちらの平均分割近似は、西欧クラシックやトルコ古典音楽で使用される、オクターヴ53分割(53コンマモデル)による近似が適切。さらに追加で、同じく5限界のシュルティとして、ほぼ精確に四分音にあたる 243:250 などの音程を用いる場合がある。(戻る)

註4)張唇前舌・円唇後舌・平唇中舌・円唇前舌・張唇後舌の5つの系統に、狭・中・広の3つの広さをそれぞれ持つ15母音。よく使う音度名に歌いやすい母音が来る形で循環して配置される。自然言語と比較すると、極めて異例なほど多くの単母音を音素として区別することとなる。(戻る)

(最終更新 

<< 前のページへ

^