代音唱法の考察

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音高・音律・音名(2)

音名は音楽に使われる音の高さの名前であるが、どんな高さの音に名前を付けるかは、音律と基準音高によって変わるものなのだ。

基準音高

音楽の基準となる音高は、A = 440 Hz とされている。これは1939年5月、ロンドンで行われた国際会議で定められた。なお、この「A」とは、ピアノの鍵穴から右に進んだ最初のA音、日本語音名で言う「1点ハ」音、ドイツ語式及び物理学式音名表記では「a1」音、国際式表記では「A4」音のことである。

このように明確に、国際的に基準音高が定められたのは、おそらくその時が初めてである。それまでは、中国のように、度量衡の一環として国が定める例があったが、それは一国内のことであり、また、振動数(周波数)の数値でなく、基準となる管楽器のサイズを定めて間接的に規定されたものであった。各地・各時代で基準はバラバラであって、独奏であれば全く自由に決めることもあったし、合奏の場合もその場で最も調律の困難な楽器に他が合わせるだけというのがむしろ普通であったと思われる。

現代においても、A = 442 Hz など、華やかな音を求めて高めの調律をすることはよく行われているし、逆に、古い時代の音楽をより忠実に再現しようという意図から、半音から全音程度低い調律での演奏も行われる。また、ヨーロッパとは別の伝統に基づく音楽の演奏では、しばしば個別の伝統に従う。要するに標準は一応のことであって、自由な表現を縛ってはいないのである。

そもそも A = 440 Hz という基準音高も、計算に便利な、きっちりした数字で、素因数に2を多く含む数(つまり 8(= 23)の倍数)になっている。もっと露骨には、実験用に C = 256 Hz(= 28)とするのを、物理学調と呼ぶそうである。こうなると、音楽表現上の都合というより、数学上の都合である。

よく考えると、ヘルツ(Hz)の定義に不可欠な「秒」という単位からして、文化に依存している。世界の時間分割の伝統を考えると、東アジアの1日=12刻はもちろん、南アジアの1日=30ムフールタという分け方等もあって、それぞれに正当性があるのだから。基準となる時間の長さが違えば、そこできっちりした数字になる振動数の音の高さも、当然ながらまた違ってくる。現行の基準音高の根拠はそんなに強力なものでないことを、念頭に置いておこう。

余談であるが、それが分かれば、振動数(周波数)を数秘学的に解釈した「ソルフェジオ周波数」なるものが、音楽的には全くナンセンスであることも理解できてくるものと思う。

音律について

音律とは、音楽に使う音を選ぶ基準や方法のこと。大抵は、基準となる音高が決まれば、そこから相対的に残りの音の高さが導き出せるようになっている。上に挙げた「ソルフェジオ周波数」は構成音それぞれが独立に決まっている例だが、その方が特殊かつ不自然である。音律というものも、幾種類あるのかはちょっと調べがつかないくらい、歴史的地域的に多数ある。

音律には、響き合いやすい(協和する)音から優先して使うこと、楽器や歌声に反映可能なこと、数学的・物理学的事情など、傾向や制約に共通の要素も多々あり、時代や地域や超えて同じ発想に至ることもある。しかしそれでもその結論が、何十種類などという桁では追いつかない多くの種類の解に分かれるところが面白い。それでも、現代で最も普及した解は、12平均律ということができる。これも標準として1939年に定められたことである。

音律が多種に分かれる理由の一つは、志向する音楽の違いである。どんな関係の音とどの程度融けあいやすいか(協和するか)が少しずつ異なるので、たとえ同じように「ドレミファソラシド」に聞こえる音階を作れる音律同士であっても、曲の種類によって映える映えないが異なってくる。例えば日本の伝統音楽の曲を、欧州の団体が演奏した場合に、全く異なった雰囲気に聞こえることがあるのには、そうした音律の違いも影響している。

12平均律の場合では、構成音の種類を減らすこと、それによって演奏音域を広げること、楽典を簡潔にすること、各調を均質にし転調の自由度を広げることなどが、目指された方向性である。逆に、構成音同士の融けあい方(協和度)は大いに譲歩され、オクターヴ関係以外のどの音同士もきちんと融け合わないし、各調性の色合いは損ねられ楽器に依存する要素のみとなっている。また、唯一の構成単位となる半音の振動数(周波数)比が、「1:(2の(12分の1)乗)」(或いは「1:(2の(12乗根))」)という複雑な無理数比になるため、実際に算出されたのは16世紀となり、後にピアノの標準的調律方法として大々的に普及した。従って、近代を代表する音律とも言える。鍵盤楽器の標準音律となったが、高度な電子鍵盤楽器では、簡単な操作で他の音律と切り替えが効くようにもなっている。

個々の音律の詳細については、別の機会に譲る。しかし、音高の決め方の方向性から言うならば、それらは幾つかに分類可能である。平均律は、よく協和する任意の音同士の間を、自然数個に均等に分割する音律である。上記の12平均律がその代表格で、1オクターヴの間を12個の半音に分割する。純正律は、含まれる一つ一つの音を全て、きっちり協和する関係ばかりで積み上げる音律である。構成音同士の間隔は不均等になり、構成音の個数も増えがちである。調整律は、純正律から構成音の個数を減らして、しかもどの音同士にも大きな破綻が現れないように、少しずつ音の高さをずらした音律である。平均律と違って、もとの音律の不均等さの影を残しているため、調ごとの性格の差が平均律の場合より強い。平均律と純正律の中間に位置する。「中全音律(ミーントーン)」などがその代表格である。

以上の3分類とは全く異なる発想の音律も可能であるが、ここでは省略する。私の知る範囲では、古代・中世の音律は全て、何らかの形での純正律であるが、そうでない音律もあったかもしれない。

いずれにせよ、音律が多様に存在していることで、ある音楽にとって正しい音でも、別の音楽にとっては間違いになりうる、ということは、音名について考える上で念頭に置いておくべきである。ピアノが理想的に12平均律に調律されていたとして、そのピアノに相応しくない音楽はこの世に沢山存在するのだ。

(つづく)


(最終更新2011.11.15)

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