代音唱法の考察

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音高・音律・音名(3)

今度は音名自体の構造を見てみよう。現在使われている音名には一体、どういう特徴があるのだろうか。

ヨーロッパ流の音名

ヨーロッパ音楽の音名には、大きく2通りの系統がある。文字の順序に基づく「アルファベット系」と、「聖ヨハネの讃歌」を淵源とする「ドレミ系」である。音名としての歴史は、アルファベット系の方がずっと長い。アルファベット順による音の名前は、ドレミの発明に先立って存在し、ドレミが階名の一種として登場した時から、はっきりと、それと対比される音名になった。ドレミは、発明から500年以上の間、6つの音しかなかったので、音名としては使えなかったのである。

アルファベット系は各言語によって発音が異なるが、日本では、「スィー・ディー・イー……」と英語風に読む「英語式」と、「ツェー・デー・エー……」とドイツ語風に読む「ドイツ語式」が主に使われている。ドレミ系にも多少の違いがあるが、「ドレミファソラシ」と読む「イタリア風ドレミ」が日本の大多数である。「シ」を「ティ」とするなら「英米風」、「ド」を「ユト」とするなら「フランス風」である。

「ハ長調」などと呼ぶときに使われる「イロハ式」音名は、ヨーロッパ流の音楽を日本に移入したとき、アルファベット系音名を参考に、日本独自の文字順であるイロハ順を音名に充てたものである。つまり、アルファベット系と同系と考えてよい。

これらの音名には、共通する特徴がある。1オクターヴ周期で繰り返すこと、1オクターヴあたり7つの「基本的な名前の音(幹音)」があること、そしてその幹音が、ディアトニック音階という特定の間隔の並び方をしているということである。

「そんなこと当たり前」と思う人は、どっぷりとヨーロッパ流の音楽概念に浸かっている人である。なぜなら「十二律」と呼ばれる我らが東アジアの伝統音名では、元祖の支那式であれ、日本式であれ、1オクターヴ内に12の音が、幹音かどうかの差別をされることなしに並んでいるのだから。

動かない階名としての西洋音名

ヨーロッパ流の音名の特徴は、階名と相似であることである。どちらも7つの音節が基本形で、ディアトニック音階の形を成し、必要に応じて派生形を作る。

東アジアの音名はそうではない。音名である十二律が12個の対等の名前であるのに対し、階名である五音七声は不均等な並びを持った音階で「変」「嬰」が付く派生音を持つからである。七声はディアトニック音階の形を成す。東アジアの音名と階名は、名前の構造が違うのである。

ヨーロッパ中世の音楽は、ディアトニック音階の特徴を持つ音階組織を一つ持っていて、その音階には、高低に移動するという概念がなかった。音階が移均するとか、楽曲を移調するとかいう発想をしなかったのである。そうであれば、音名と階名を区別する必要がないし、そのようにして使われている限り、区別のしようがない。この状態にある音名を、音位名と呼ぶことにする。

西洋音楽の音名は、そこから階名が徐々に分離していっても、動かない階名、即ち音位名だったときの構造をそのまま残していった。大元の基本音階がそのまま幹音として扱われ、なるべくそれらの音を使いながら、他の均の音階が順次派生していくように名前が設計されている。

このようにして作られた音名は、別の観点から言うと、音階の種類に中立ではない。大元の基本音階が最も扱われやすく、そこから離れるにつれて扱いにくくなる、非対称な構造になっている。

私の知る限り、音名と階名の使い分けについては、東アジアが最も古い歴史を持つし、最も早くから完全であった。支那の唐の時代には、既に、十二律×七声=84の音を主音にした、八十四調の整然とした仕組みが考えられていた。その頃のヨーロッパでは、まだ移動する階名は全く作られておらず、8種の教会旋法はそれぞれ移調の概念を持たないものだったのである。

ヨーロッパの音名と階名が、分化の程度の低いものであったことが、ドレミ系の名称のセットが、階名にも音名にも使われるという不幸の誘因の一つであったと考えられる。

(つづく)


(最終更新2011.11.16)

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