代音唱法の考察

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音高・音律・音名(1)

代表的な代音唱法であるドレミは、主に、音の高さに関わるものである。音の強さや長さ、質感などに関わるものではない。だからここではまず、音の高さについて考察する。

物理学的な音の高さ

そもそも、音が「高い・低い」というのは、空間的位置になぞらえた譬えの表現である。本当に空間的位置が高かったり低かったりするわけではないから、これと異なる表現をする文化があっても不思議ではない。知られているところでは、古代ギリシアでは、空間的位置との対応が逆で、私たちが「高い」と呼ぶ音は「低い」と言われた。理由は、彼らは弦楽器の演奏を基準としていたからである。例えばギターのような楽器を考えてみよう。構えたとき、太くて低い音の出る弦は空間的に高く、細くて高い音の出る弦は低いところに張られている。そして、各々の弦について、高い音を引くほど低い箇所を指で押さえ、低い音は高い箇所を押さえる。そういうことだから、私たちとは逆の対応をしていたことも納得できる。

では、「音の高さ」と呼ばれるものの、物理的本質は何なのか。それは、波動の一種である「音」の性質のうち、振動数(英:frequency)のことである。周波数ともいう。音を媒介している物質(媒質)の分子が、1秒間に何回振動しているかということで、ヘルツ(Hz)という単位で表す。つまり、空間的位置ではなく、時間的粗密を本質としているのである。振動数(周波数)の大きな音ほど高く、小さな音ほど低く感じられる。振動数(周波数)の値は、正の実数である。0になれば音波は存在しないし、物が振動できる速度には限界があるから、無限大ということもない。

かつて音楽記録の主流だったレコードやカセットテープが記憶にある方は、回転数を上げるほど音が高く聞こえることを思い出されるであろう。また、高速で近づいてくるものの音が高く、遠ざかっていくものの音が低く聞こえるドップラー効果も、この性質に基づくものである。

本質は粗密なのであるから、この属性を、色彩になぞらえて「濃い・淡い(濃淡)」で表しても、また物の集散や締り具合になぞらえて「緊い・緩い(緊緩)」で表しても、更にはそのまま出来事の頻度「繁閑」で表しても良かりそうなものである。実際に音階音の変位などを表す「シャープ(sharp)」「フラット(flat)」という英語や、「ティーヴラ(tīvra)」「コーマル(komal)」というヒンディー語の対などは、空間的高低ではなく、形状の「鋭鈍」のイメージに基づくと思われる。

音楽に使う音を選ぶ

生物の種類によって、また個体によっても、聞き取れる音の高さの範囲(可聴域)には違いがある。人間の場合には、低い方は20Hz前後から、高い方は最高20,000Hz程度までで、年齢とともに高い方の聴力から失われていく傾向があるとされている。音楽に使われうる音域(音の高さの範囲)も、まずはこの制限によって限定されている。聴覚細胞は、少しずつ違う高さの音に反応するものが整然と並んでおり、だからこそ、その一部が傷つくと対応する音域の聞こえが悪くなるといったことが起こるのである。

それでは、その範囲内で、音楽に使われるにふさわしい音の高さは幾つあるのだろうか。

音の高さの変化は連続的なもので、振動数(周波数)は整数とも限らないから、音の高さは無数にある。そして、少し高さが変わったからといって音楽にふさわしくなくなるものでもないから、音楽にふさわしい音の高さもまた無数にあるのである。人間が高さの違いを識別できる限界ということから数を絞ったとしても、少なくとも1,000個以上、多ければ2,000個を越える音の高さが、この可聴域にぎっしり詰まっていることになる。

さて、音高というのは、音楽に使われる音の高さのことで、音名というのは、音楽に使われる音に高さに応じて付けられる名称のことである。(だから、音名のことを詳しく「音高名」と呼んだ方がいいのかもしれない。)

ところが、つい今しがた、私は「音楽にふさわしい音の高さは無数にある」と言った。ヘルツ数で表せば、確かにそれは無数にある。無数にあるものに、数値以外で、一体どういう名前を付けるというのだろうか。それに対し、実際には、一般にヨーロッパ音楽体系で音名と呼ばれているものは、有限で、しかもかなり少ない数になっている。各国の言語や伝統に応じて様々なセットがあるが、オクターヴの区別を除くと、一つのセットあたりの音名はそれぞれ35種類である。さらに、音域のかなり広い楽器であるピアノの鍵盤を見ると、標準の楽器では88鍵しかなく、各オクターヴ内には12の音高しかない。つまり、ここから推定できることは、使える可能性のある音の高さが、名付けや音楽づくりの仕組み上、意図的に制限されているということである。これは一体、どういう事情であろうか。

旋律の仕組みからすると、音楽に使う最初の1音の高さは、かなり好き勝手に決めていい。但し、楽器で演奏するなら、それに合うように楽器を調律したり、作り変えたりする必要があるかもしれないのだが。本質的には好き勝手に決めることができるのに、実際上は殆どの人がそうしないのは、標準というのが世の中にあって、それに合わせてもう既に多くの楽器が作られて存在しているからである。

そして重要なことは、最初の1音は自由に決められるはずのものだが、その1音が決まると、残りの音にある程度の制限がかかるということである。制限というのを言い換えれば、選ばれやすい音と選ばれにくい音の差が出てくるということだ。

音は波であるから、重なったときに、融け合い響き合う音と、邪魔し合い緊張する音がある。そうであれば、1つの音の高さが決まったあとは、なるべくそれに融け合う(協和する)音を優先的に使っていきたいと感じるのが多くの文化の傾向である。そして、そのようにして音を選ぶ基準や方法を音律と呼んで、世界中に様々なバリエーションがあるのである。

何がしかの音律に基づくと、無数の高さのある音域の中から、使われる音の高さが選び出される。そして、その選び出された音に付けられた名前こそが、音名なのだ。だから、音名は、最初に選んだ基準音の高さと、そこに適用される音律とに全面的に依存している。

(つづく)


(最終更新2012.11.6)

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