代音唱法の考察

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音度・旋法・音度名(2)

音度名について理解していただくために、代表的な実例であるインド音楽のサルガム(サレガマ;スヴァラ名)について簡単に説明する。

インド音楽のサルガム(1)

音度名としてのサルガム

インド音楽の解説では、それ専門の入門書でも、「インド音楽で西洋音楽での『ドレミ』に相当するのは『サルガム(サレガマパダニサ/サリガマパダニサ)』である」といったざっくりとした説明をされることが多い。下手をすると、十分な注意書きなしに「CDEFGABC」といった音名表記と対応付けられていたり、「代表的な音階例」などと称して五線譜に記されていたりする。そういう説明では、サルガムが階名や音名であるという誤解を招きかねないし、少なくとも、正しい概念の理解にはなかなか到達できないであろう。正しくは、中世以降のサルガムは音度名なのであり、サルガムによる歌唱は音度名唱なのである。

階名と音度名の重要な共通点は、様々な音高から始められることである。例えば、階名の筆頭としての「ド」が、「C」にも「F」にも「G」にもその他の音名にも対応しうるように、音度名の筆頭としての「サ」も、様々な音名と対応しうる。それどころか、西洋音楽の通常の体系では名前の付いていない、中間的な音高に対応させてもよい。固定か移動かという区別で言えば、移動である。それが、階名・音度名に共通の特徴である。

それに対して、階名と音名の重要な相違点は、音程と旋法への対処の方法である。例えば、階名としての「ド―レ」間の音程は、「全音」であると決まっている。これが半音になってもいいのであっては、グィード・ダレッツオが階名を発明した意味がない。どこが全音でどこが半音か、音程を覚えて歌い分けるために、階名が発明されたのだから。さらに、7音揃った段階のドレミ式階名で、例えば狭義の純正律を前提にすれば、「ド―レ」間の音程は、振動数比8:9の「大全音」ということまで決まっている。階名の読み替えをするのは、こうした音程の関係が楽曲に合う所にスライドさせているのである。

ところが、音度名としての「サ―レ(リ)」間の音程は、1種類ではない。ヒンドゥスターニー音楽(北インド古典音楽)では4通り、カルナータカ音楽(南インド古典音楽)では6通りもの音程が、対応しうるのである。サルガムにおいて重要なのは、その名前によって音程を規定することではない。「サ」が旋法の主音であり、「レ(またはリ)」がその1つ上の上主音であり、「サ―レ(リ)」間が二度であるということである。つまり、旋法の中での位置関係が重要である。旋法の第ⅱ度音でさえあれば、それが主音から短二度であろうと長二度であろうと、はたまた増二度であろうと、同じように読んでよい。インド古典音楽では、オクターヴを22に分割するので、二度に相当する音程が、(各音楽体系と音度とによって)4種類ないし8種類、設定されているのである。他方で、主音は必ず「サ」である。インド音楽にも、ドレミで聞き取れる旋法はいろいろある。「ドレミファソラシド」に聞こえる旋法もあれば、「レミファソラシドレ」「ミファソラシドレミ」「ファソラシドレミファ」「ソラシドレミファソ」「ラシドレミファソラ」もあるが、いずれも主音は必ず「サ」と読む。これが、音度名ならではの特徴である。

いずれも<移動する>階名と音度名であるが、この特徴によって、移動するもの同士で互いに対応がずれていく。曲の中で、階名が読み替えを必要とするのに音度名がそのままでよい場合(同主調の転調)もあれば、その逆(平行調の転調)もある。

理論用と歌唱用の音度名

サルガムには、長い理論用の(正式な)音度名と、短い歌唱用の(略称の)音度名がある。上の説明で用いたのは、全て短い歌唱用の音度名である。これはドレミにはない特徴で、例えばドレミの「レ」をわざわざ「レゾナーレ」などと呼ぶ人はいない。

このうち、歌唱用の音度名は、練習の過程で使われるだけでなく、本番の歌唱でもその一部に擬似的な歌詞として頻繁に用いられる。その頻度は、ドレミが歌詞として用いられるよりも、圧倒的に高く、それもサルガムの1つの特徴と言える。

度数 正式名 北略称 南略称 略号 別名
ⅰ度 Ṣaḍja(シャドジャ) Sa(サ) Sa(サ) S Ḵharja(ハルジャ)
ⅱ度 Ṛṣabha(リシャバ) Re(レ) Ri(リ) R  
ⅲ度 Gāndhāra(ガーンダーラ) Ga(ガ) Ga(ガ) G  
ⅳ度 Madhyama(マディヤマ) Ma(マ) Ma(マ) M  
ⅴ度 Pañcama(パンチャマ) Pa(パ) Pa(パ) P  
ⅵ度 Dhaivata(ダイヴァタ) Dha(ダ) Dha(ダ) D  
ⅶ度 Niṣāda(ニシャーダ) Ni(ニ) Ni(ニ) N  

ⅱ度音の略称の母音に地域差があるのは、もともと正式名称では、R音自体が母音として使われていて、他に母音が付いていなかったためである。

サルガムの基本的な音度名は以上であるが、他に、各音度の音程の種類を区別するためのバリエーションが付いた音度名がある。西洋音楽の音名において、シャープやフラットを付けて派生音を表現するようなものである。それらについては、この後のページで少しだけ触れる。

(つづく)


(最終更新2012.1.4)

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