代音唱法の考察

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音度・旋法・音度名(3)

インド音楽の音度名について続ける。インド古典音楽の楽典には音名は存在しない。

インド音楽のサルガム(2)

シュルティとスヴァラと音名の不在

インド古典音楽では、古代より、オクターヴを22個の「シュルティ(śruti)」と呼ばれる微分音に分割する。この分割は不均等であって、従って、各シュルティに全て名前が付いている。これらシュルティの名前は、階名の一種であり、音程を測る物差しとして高低に動く。しかし、何か1つの楽曲に、全てのシュルティ上の音を用いるわけではない。このことは、同じ階名である西洋音楽のドレミとの大きな違いである。ドレミは、最初の発明時には6種類、後に補充されて7種類の音節が基本形であって、それがそのまま旋律上に過不足なく対応するように使われる。しかし、シュルティ名の場合は、そこから実際の旋法に使われる位置を取り出さなくてはならない。そして、実際の旋法に使われる楽音が「スヴァラ(svara)」であり、そのスヴァラの名前こそが、前のページから述べている音度名としてのサルガムなのである。

もう1つ言及しておかなくてはならないのは、各シュルティは音位ではなく音程だということである。音楽上で特定の音高の点としてイメージされるのではなく、音高から音高までの幅そのものなのである。西洋音楽の用語で言えば、ドレミではなく、「ピタゴラス・コンマ」だとか「シントニック・コンマ」のようなものが各シュルティで、それら一つ一つに名前があり、それらが積み上がることでオクターヴが構成されているイメージである。このイメージが分からない限り、インド音楽の古典文献は腑に落ちないだろう。

22個のシュルティという概念は、西洋音楽の用語で言うところの、「大全音」(4シュルティ=9コンマ)と「小全音」(3シュルティ=8コンマ)、そして、「ダイアトニック半音」(大半音:2シュルティ=5コンマ)と「クロマティック半音」(小半音:1シュルティ=4コンマ)を、それぞれ大切な単位とみなし、意識して区別しているということである。

大全音3つ(4シュルティ×3=12シュルティ)と、小全音2つ(3シュルティ×2=6シュルティ)と、大半音2つ(2シュルティ×2=2シュルティ)を足し合わせると、ちょうど1オクターヴになる(12+6+4=22シュルティ)。シュルティは、1つあたり約4コンマのもの、約3コンマのもの、約1コンマのものの、3群・計5種類が区別される。但し、シュルティの名称は、22個全てに別々に付けられている。

インド古典音楽の楽理は、中世において非常に大きな変革を経ているが、それでも古代から現代まで通じて言えることは、独自の音名を持ったという証拠はない、ということである。

古代において、まだスヴァラ名が階名であった頃の文献では、各スヴァラを鳥獣の声に割り当てる表現が見られ、そこから、各スヴァラがあまり高低に動かなかったのではないかとも推測されるが、しかし一方で、誰かが音高の基準を定めたという伝承はない。支那と対比した時の大きな違いである。そして、音名を抜きにして相対的な基準だけでも音楽が発展できることを、インド古典音楽は実証しているのである。

音程を定める音度名

上に述べたように、各音度の音程には様々な種類があるのだから、旋法の姿を述べるためには、その区別を表現する手段がなくてはならない。そのため、前ページで述べた各音度の基本的な音度名に対して、それらを修飾する語句を付けたり、語形を変えることで区別している。

そのやり方は、基本的な音位(本位=シュッダ(śuddha))を決めてそこから相対的にどうなっているかを示す本位変位系と、常に固定される音度名(つまり「サ」や「パ」)からのシュルティ数で示すシュルティ数系、そして省略形の音度名の母音や音節末子音を変える韻母変化系の3系統に大別される。

本位変位系については、ヒンドゥスターニー音楽(北インド古典音楽)と、カルナータカ音楽(南インド古典音楽)との間で、基本的な音位について明らかに相違する。ヒンドゥスターニー音楽では、西洋音楽の長音階とほぼ同一の「ビラーワル」という旋法を基本形とする一方、カルナータカ音楽では、短ⅱ度・減ⅲ度・短ⅵ度・減ⅶ度を持つ、「カナカーンギー」という旋法を基本形とする。

ヒンドゥスターニー音楽においては、音位を高くするのに「ティーヴラ(tīvra:鋭い)」、低くするのに「コーマル(komal:温和な)」を付け、さらにその程度差を示すのに比較級・最上級の語形を使ったり、「アティ(ati:非常に・超えて)」などの副詞を付加する。変位した音を総称して呼ぶには「ヴィクリタ(vikṛta:変化した)」を付ける。

シュルティ数系については、カルナータカ音楽で用いられ、「エーカ・シュルティ(eka-śruti:1シュルティ分の)」「ドヴィ・シュルティ(dvi-śruti:2シュルティ分の)」「トリ・シュルティ(tri-śruti:3シュルティ分の)」……云々というシュルティ数の形容句を、各音度名に付加する。本位変位系の命名法と混在して用いられる。

韻母変化系は、歌唱用の省略音度名について、カルナータカ音楽で用いられる。基本的な音位の母音をアとし、順次イ・ウ・エ・オと変化させるのが、主な手段である(※仮名のアイウエオ順は、インドの文字の配列から、発音が古代日本語の仮名にあった順に拾って並べたものである)。サルガムは各音度の頭子音が互いにはっきり異なるため、母音を変えても問題なく音度の区別ができる。例えばⅱ度音について、主音からの音程が狭いほうから順に、「ラ」「リ」「ル」……となるが、そのためにこの種のサルガムを「ラリル唱法(Ra-ri-ru notation)」ともいう。この形態のサルガムは暗唱用であって、基本形のサルガムとは違い、本番の歌唱では用いられない。

記号としては、インド本来の文字のほか、アルファベットの大文字・小文字での書き分け(大文字が基本の音位)や、下線やアポストロフィを補助的に付加したり、シュルティ数を縦棒の本数で示したり、数字を添える形式などがある。

詳細型音度名の機能

音程の区別を付けて歌えるタイプの音度名は、音程を測る助けになるという意味で階名の機能を分有し、旋法全体の音程関係を画定するところから音相名の機能もカバーする。また、十分な拡張がなされていれば、調性が不安定な部分でも読み替えなしに強引に歌い切ることができるので、一部音名唱的な効果も期待できる。私の提唱する「拡張移動サ」ほどに拡張してあれば、どれほど無調性な部分があり、また四分音やさらに細かい微分音があろうとも、歌うべき音度名が尽きるということはないので、ある意味、通常の音名唱よりはるかに強力である。以上のことは、サルガム系だけでなく、ドレミから拡張した音度名唱でも同様である。

(つづく)


(最終更新2012.11.6)

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