声楽と音度名唱

 ※音度名唱「拡張移動サ」の全体を概観するには、拡張移動サ音度名表をご覧ください。

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音名・階名・音度名

音名と階名

音名と階名が何であるかは、既に先のページでも説明した。ウィキペディアの「音名・階名表記」の項目では、引用現在、次のように記されている。


音名(おんめい)は絶対的な音の高さを表す。…(以下略)


階名(かいめい)は、主音に対する相対的な高さを表す言葉である。…(以下略)


「絶対的な音の高さ」というのは、その楽音の基音の振動数(周波数(Hz))のことである。これを音高(おんこう)という。音高、またはごく狭い幅の音域(即ち音高の範囲)に付けられた固有名が、音名である。音名は、音階や楽曲がどのようなものかに関わらず、名づけることができる。但し人間の耳は、周波数(振動数)が2の累乗倍の関係の音を同種の音(オクターヴ関係)として聴きとるため、音名もオクターヴ関係の音は同じか、それと分かるようになっているのが普通である。また音楽に使う可能性のある音を「音名」で呼び分けるので、楽音を決める基準である「音律」と深い関係がある。

これに対し、「階名」の「階」とは「音階」の階であり、何らかのパターンを持った「音階」の存在を前提としている。「主音」というのは、その音階に定められた何らかの旋法の第一音のことである。音階の構成音同士の互いの音程関係によって、階名が名付けられる。音程というのは、比較する複数の音の基音の周波数同士の比で求められ、その広狭は、対数にして加算・減算ができる数値で比べられる。例えば、完全五度という音程は、周波数(振動数)の比が2:3であり、対数化してオクターヴを1,200¢(セント)とするセント値では、約702¢である。階名としての「ドレミ」で、「ド」の完全五度上は「ソ」である。同様に「ドレミ」で言えば、「ミ―ファ」間の音程は半音であり、「ド―レ」間・「レ―ミ」間・「ファ―ソ」間・「ソ―ラ」間はそれぞれ全音である。このことは階名としての「ドレミ」が始まった当初からの原則であり、各音程関係が変わらないからこそ、未知の旋律の音程を測る相対的な物差しに使えるのである。

旋法・音階・音列は、音程関係を保ったまま様々な音高に移すこと(即ち、移調(<旋法について)・移均(<音階について)・移高(<音列について))ができるので、音名と階名に同じ名称群を使った場合、結果として口に出す名称が一致するのは、そのうち特定の一つの均に音階を置いた場合に過ぎない。従って、概念としても実用上も、音名と階名とは違うものである。

理論用と歌唱用

音名にせよ階名にせよ、音階や楽曲の仕組みや特徴を説明するための理論用のものと、楽曲をそれらで歌って旋律の把握の補助とするための歌唱用のものが、目的別の区分として考えられる。

理論用の場合は、名称が理論を反映して体系立っていて、説明・理解するときに紛れにくい表現であることが重要である。それに対し、歌唱用の場合は、一音符に一つを割り振るため、全てが短い一音節であることがほぼ必須条件であり、歌い手にとって音に対する感覚と矛盾せず、反射的に歌い分けやすいことが求められる。両者はある程度まで両立が可能であるが、目的の区別に基づく異なった要請である。

例えば、インド式の楽典において、「ガーンダーラ」「マディヤマ」「パンチャマ」という長くしっかりした形は理論用であり、「ガ」「マ」「パ」という短い1音節の形は歌唱用である。

私はここで考察するのは、主に歌唱用の音名・階名についてである。

音名唱と階名唱、そして音度名唱

音名唱は、音高の名前を歌うことによって、その名前と結び付いた音高の基準の記憶を呼び出すものである。また、階名唱は、音階における音の位置関係・音程関係を歌うことによって、やはりその名前と結び付いた調性感や音程感の記憶を呼び出すものである。いずれも、新しく触れる楽曲をより効率よく正確に覚えるのに役立つことが期待されるものであり、実際に行われている。

音名唱や階名唱に用いられるのは、主に歌唱用に工夫された音名・階名である。理論用の音名・階名、即ち「ソウヂョウ(<双調)」(雅楽式)とか、「エイ=ト(<嬰ト)」(イロハ式)とか、「G sharp」(英語式)とか、二音節以上にわたる名前が頻出するようなものは、歌唱には不適当である。

音名唱と階名唱とは、音高に対して名称が移動するかどうかということで明らかに違う二つの歌い方である。音名唱に「ドレミ」を使うとき、それは音高に対してほぼ固定されているので「固定ド」と呼ばれ、階名唱に使うとき、それは音高に対してスライドするので「移動ド」と呼ばれる。このことは、音楽を専門としない人にもかなり広く認識されている。

しかし、音高に対して名称がスライドする代音唱法にも、さらに様々にタイプを分けることができる。

例えば、ドレミを使った場合、ハ長調とイ短調と(即ち平行調)でハの音の階名が「ド」のまま変わらない歌い方は、これを本来の「階名唱」と呼び、同じくドレミでハ長調とハ短調と(即ち同主調)でハの音が「ド」のまま変わらないとすれば、「音度名唱」と名付ける。即ち、長音階の主音がドだとした場合に、自然短音階の主音は何と呼ぶか、の方針が異なるのである。

前者は、同じディアトニック音階の転回形であると見て、長音階ではドが主音の旋法、自然短音階ではラが主音の旋法と捉える。ドレミファソラシは、ディアトニック音階の音形・音程関係の名前である。後者では、何旋法でも主音はド、属音はソ、下属音はファ等と捉え、音程関係が旋法により変化する音には変化した階名を与える。この場合のドレミファソラシは、旋法内での音の役割や順序関係(=音度)を示す名前である。従って、本来の移動ドから区別して、このように旋法基準でドレミが使われる用法を「機能ド」とも表現できる。

現状は、「音名唱(固定ド・“音高”)」「階名唱(移動ド〔狭義〕・“音階”)」「音度名唱(機能ド・“旋法”)」の少なくとも3つの代音唱法に同じドレミが使われていることにより、ハ長調では歌い方は概ね一つであるが、イ短調とハ短調を除く短調では、3種類に分かれることになる。一人でいずれかを用いているときには何も問題ないが、教育背景の異なる大勢で歌ったり意思疏通するときには、混乱を生じかねない。

因みに、私の「拡張“移動サ”」は「音度名唱」の一種である。これは、インド古典音楽の「サルガム」が「音度名唱」であるところから来ている。

「擬楽唱」―4つ目の用法

上記の「音名唱」「階名唱」「音度名唱」は、声楽で音を取る場面に限った話であって、器楽に目を向けるならば、さらに別の用法が存在する。

それは、演奏上の指遣いや楽器のポジションを覚えたり伝えたりするために名称を使う場合であって、奏法や指遣いが似ているが音域の異なる楽器群がある場合、実際の音高(=実音)が異なっても、同じ指遣い/構えなら、同じ名称を使うという用法である。私の分類では、これは代音唱法のうちの「擬楽唱」というタイプに含まれる。

ピアノのように、7オクターヴ以上もの広い音域があり、同族で音域の異なる楽器を作る必要がなく、大きく異なった調律がされることも滅多にない楽器では、擬楽唱が特別に行われる必要はなく、音名唱と一致する。しかし、楽器1種あたりの音域が1オクターヴ半から3オクターヴ半程度の管楽器(気鳴楽器)では、奏法や指遣いは似ているが音域の異なった楽器がよく用いられる。そういう状況では、例えば「両手の指穴を全部塞いだ音を『ド』とする」ということに意味がある。これは、音高にも音階にも旋法にも依存せず、専ら楽器の奏法に依存した呼び名である。従って、音名唱でも階名唱でも音度名唱でもなく、これに「擬楽唱」という特別な分類をあてるのである。

ドレミが擬楽唱的に用いられた場合、これを「運指ド」と名付ける。五線譜の表記も、実際の音高(=実音)通りでなく、代表的な音域の楽器で演奏する通りに運指すれば正しい音高が出るような調に移調して書かれる習慣のある楽器があり、それらは「移調楽器」と呼ばれている。

「幹音のみ型」と「詳細型」

音名・階名・音度名等の代音唱法の名称セットには、音階に使われる音の数だけの種類のみ歌い分けるように作られたものと、そこからの派生音をも歌い分けるように作られたものがある。幹音というのは、その音階の標準音のことで、七音音階ならば七つある。派生音とは、そこからの音の変位(高低の変化)によって派生する音である。

イタリア語式とも呼ばれる「ドレミファソラシ」のセットは、それだけならば七音音階の「幹音のみ」のセットである。階名である「トニック=ソルファ法」のように、それに加えて各派生音のための一音節の名前を用意してあれば、それは「詳細型」と呼ぶものとする。

日本の「固定ド」による一般的な音名唱法では、「C=ド」に固定して「ドレミファソラシ」のみを使い、派生音があっても音名を幹音から替えずに歌う「幹音のみ型」である。これは即ち、少なくともピアノで言う黒鍵に当たる音を歌うときは必ず半音違った音名を歌う、或いは、音名自体におよそ高低半音ずつくらいの幅があると考えるということである。それは、音名唱法としては、精確さを欠き曖昧であると言うことができよう。本来、音名には<音階>は関係なくてもよいので、「ハ長調」のみを特別扱いしてその幹音を音名とするやり方は、仕組みとしてのスマートさに欠けると言える。もし十二平均律を標準とするならば、音名は12個が対等に存在する仕組みの方が望ましい。

階名の「幹音のみ型」の場合は、多くの楽曲が「長音階」「自然短音階」の何らかの組み合わせに分析できるため、実用的に音名の「幹音のみ型」よりは漏れる音が圧倒的に少なくなるが、しかしディアトニック音階に基づかない楽曲などには対応が難しい。

「詳細型」の場合は、認知心理学的に“人間が一度に把握できる個数の限界”と言われる“7±2”( これはG.A. Millarの説だそうだ )を超えて、音名や階名の個数が増大するという問題がある。十二平均律に基づいたとしても12個の音名・階名を必要とし、何らかの純正律に基づくとすれば、17個やさらにそれ以上に増大する。

音度名の例で言えば、私・近藤貴夫が試作・試用している、「拡張“移動サ”」という音度名システムでは、標準部分で50個前後(最大で503個!)にも達する。日本語の仮名の数にも匹敵する個数である。実際には標準部分の半分くらいの範囲で、大概の旋法・楽曲に対応できるのであるし、一曲あたりに使われるのは大抵10個程度に過ぎないのだが、もし教育に広く使おうとすると、負担感が大きすぎるのは否めないであろう。

ドレミの拡張・応用か、他のシステムを援用するか

ドレミは現代日本で音楽を視唱するときに、音名としても階名としても圧倒的な普及率を占めていると考えられ、この名前と順序を覚えていない人はまずいない。その一方で、4つもの原理的に異なった定義で同じドレミが用いられ、各音楽教育法によるその拡張系・応用形にもまた複数種類がある。音名と階名、固定ドと移動ドの優劣の問題より、異なるタイプの代音唱法に同じドレミが用いられていることの方が現状のより大きな問題であろう。

その解消のためには、いずれかにドレミ以外のシステムを普及させるのが根本的である。近年個人的に試用を始めた私の「拡張“移動サ”」という音度名唱も、ドレミ以外のシステムの一つであるが、私よりずっと以前から、この関連で多くのシステムが提案されてきているところである。しかし、進んで現用のドレミ以外のシステムを採用することは、自ら慣れたシステムを時間をかけて置き換える上に、そのシステムの用語が少なくとも当面通じないという状況に耐える必要があり、採用者にとってはマイナス面の方が大きいと考えられる。

こうした状況の中で、音名・階名・音度名の選択をどうしていくか、今後の教育ということを中心に、私たち各自に課せられている課題である。

音度名に「拡張“移動サ”」を用いることは、直接的にはドレミの「音名」と「階名」での重複使用を解消しないが、「移動ド」を用いていた場面で「移動サ音度名唱」を用いることにより、ドレミの用法の同時競合する状況を少しでも減らすことができる。


(最終更新2011.7.6)

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