声楽と音度名唱

 ※音度名唱「拡張移動サ」の全体を概観するには、拡張移動サ音度名表をご覧ください。

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22個のシュルティ

古代より、インド音楽では、オクターヴを22個の「シュルティ」に分割する。近代の体系では、簡便のために半音単位の12分割を基盤にした理論が存在するが、厳密な実践上は、22のシュルティが、ラーガによる微分音的または音律的音程差として影響力を保持している。

サルガム(階名)との関係で言えば、歴史上の誤伝により、シュルティとの対応関係が、古代・中世の場合と近代とでは異なっている。このページでは、古代の体系による対応関係に基づき、拡張移動サでの呼び方と、西洋のドレミではどう聞こえるかを示す。

シュルティとグラーマ

古代インドでは、シュルティの違いによる、微分音的または音律的差異のある音階群があり、それを「グラーマ」(音群)と呼んでいた。正確な音程については定説がないようだが、ここでは古代の体系に基づいてシュルティとの対応を示す。

シュルティは元来、聞き分け可能な限りの微細な「音程」の各部分であって、演奏される音(スヴァラ:svara)の音名や階名ではないので、あくまで音と音との間に位置する。古代・中世では、この表のように、各音は演奏する基本音高の「下に」規定される数のシュルティを持っていたが、近代になって、「上に」持つ体系に変えられてしまったとされている。

なお、この体系全体には「絶対音」の基準はなく、全体が上下しうるものであることに注意が必要である。従って、音名は記載していない。

また、古代インドにおいては、サルガムは音度名ではなく階名である。従って必ずしも「サ」が主音ではなく、転回して各階名が主音になっていた。それに対し、下記の表での拡張移動サは、近代以降の音度名として、各グラーマの標準旋法に振ったものである。西洋階名は、階名として振っている。背景色の色彩は、音度関係に基づき、グラーマ間の関連をイメージするものである。

シュルティ サ=グラーマ マ=グラーマ ガ=グラーマ
番号 名称 種別 古代
svara
拡張
移動サ
西洋
階名
古代
svara
拡張
移動サ
西洋
階名
古代
svara
拡張
移動サ
西洋
階名
  N N N
22 クショービニー Mad.
n     n     n    
21 ウグラー Dip.
D ディ D n    
20 ラミヤー Mad.←Mrd.?
d     d     n    
19 ローヒニー Aya.
d     d     D
18 マダンティー Kar.
P d     d    
17 アーラーピニー Kar.
p     P ラ/リ ラ♭/ラ d    
16 サンディーピニー Aya.
p     p     P ファ
15 ラクター Mad.
p     p     p    
14 クシティ(クシャマー) Mrd.
M M p    
13 マールジャニー Mad.
m     m     M
12 プリーティ Mrd.
m     m     m    
11 プラサーリニー Aya.
m     m     m    
10 ヴァジュリカー Dip.
G ファ G ファ G
9 クローダー Aya.
g     g     g    
8 ラウドリー Dip.
R R ディ g    
7 ラクティカー Mrd.
r     r     g    
6 ランジャニー Mad.
r     r     R
5 ダヤーヴァティー Kar.
S S r    
4 チャンドーヴァティー Mad.
s     s     S ディ
3 マンダー Mrd.
s     s     s    
2 クムドヴァティー Aya.
s     s     s    
1 ティーヴラー Dip.
N N N
 

シュルティの種別

各シュルティの音程が正確にどのようなものであったのか、どのような歴史的変遷を経てきたのかについては定説がない。但し、22個のシュルティが1オクターヴを形成していることに関しては、異論のないものと思われる。

古典文献の表現から推察するに、少なくとも最初期には、シュルティ同士の音程幅の違いは意識されておらず、あいまいな平均22等分であったかもしれない。そうでなければ、これらの音程が一律に「シュルティ」と呼ばれ、明確に音程の「単位」として扱われてきたことと整合しにくい。もしもオクターヴを平均22等分するならば、その1つの幅は約54.55¢である。この分割は、大全音と小全音の音程差を誇張しすぎるきらいはあるが、三度音程の一部がよりよく近似しているなど、純正律に対して、12平均律と五十歩百歩の近似度を示している。古代の音律の目安として、粗末すぎるとは言えない。

ところが、聖典には、各シュルティの種別(ジャーティ)も書かれているようである。シュルティは、5種類の種別(ジャーティ)に分類され、それを上の表にも載せておいた。スペースの関係で略号で書いたのだが、その読み方と意味は、

Dip.=ディープター (原義:明るく燃え輝く[女性])

Aya.=アーヤター (原義:到来したor拡張された[女性])

Mrd.=ムリドゥ (原義:柔軟な)

Mad.=マディヤー (原義:中間の・中央の[女性])

Kar.=カルナー (原義:哀憐・哀憫)

ということになる。いずれも女性名詞である。

このような分類があり、それらの交替による音程変化にも言及されていることから、この種別ごとに、シュルティは古代の早いうちから音程も区別されていたのではないかとも考えられる。

そこで、手持ちの資料の配列を元に分析すると、一応の推測が成り立つ。

まず、ディープター、アーヤター、ムリドゥ、マディヤーを1つずつ組み合わせた音程は、大全音に等しく、約204¢であると推定できる。ティーヴラーからマールジャニーまでの音程は完全五度で、約702¢であるが、その中に大全音を示すシュルティのセットが3組分含まれている。そうすると、残るシュルティであるカルナーは、ピタゴラス律でのディアトニック半音に相当する、約90¢である。クシティからアーラーピニーまでも大全音なので、約204¢であるが、ここでは最初に挙げた組合せに比べて、ディープターとカルナーが入れ替わっている。入れ替わってほぼ同音程なのであるから、ディープターも、約90¢である。次に、ダヤーヴァティーからラクティカーの音程は小全音と推定され、約182¢。ここからカルナーを引いた残りの、ムリドゥとマディヤ―を組み合わせた音程は、約92¢である。これと大全音との差で、ディープターとアーヤターを合わせたものの方は、純正律のディアトニック半音に相当し、約112¢。順次このようにして、各シュルティの音程の違いを推測できた。

ただ、この前提で分析すると、どうしても残り全てと対立するシュルティが1つあり、それが、ラミヤーであった。ここは、マディヤ―ではなくムリドゥでなければ、音階を形成する上で不都合である。1箇所のことであり、頭文字も同じであるため、本当にムリドゥなのではなかろうかと思っている。

推測した結果によると、各シュルティは、音程を感知できる最小幅に近い約20¢から、平均律の半音よりやや狭い約90¢にかけて分布していたと思われる。

アーヤターとマディヤーは、コンマであり、約20¢~25¢の音程を持っていただろう。音程の協和のために微妙に上下される音であり、これを旋律の中で使い分けることは稀だったろうと思われる。両者の間で音程幅の差があったとすれば、アーヤターの方が広く、マディヤ―の方がより狭かったのではないか。約24¢と約20¢といった程度の、違いがあったかもしれない。

逆に、ディープターとカルナーは、上にも述べたように、ピタゴラス半音に等しい約90¢であったと思われる。もし差があったとすれば、協和の関係で、カルナーの方がわずかに広かったのであろう。特に、アーラーピニーとしてカルナーが位置していることから、それが示唆される。カルナーは、約91¢~92¢であったかもしれないし、ディープターは約86¢~88¢であったかもしれない。

残るムリドゥは、小全音から、純正律のディアトニック半音を引いた音程、即ち約70¢と考えられる。これが5か所必要なところ、資料では4か所しかなく、やはり5か所で良いマディヤーが6か所あったので、計算するとオクターヴが約1四分音狭いことになりそうだったので、マディヤー1箇所がムリドゥの誤りであろうと推測した。

これによって想定される各グラーマの形は、この方法によらずに推測していたものと、重大な相違がある。それは、クシティ(クシャマー)からアーラーピニーまでの各シュルティの音程幅の配列に因っている。アーラーピニーとマダンティーで、幅の広いシュルティが連続しているのがポイントである。

ここは丁度、サ=グラーマとマ=グラーマで1シュルティ交換されるところであるが、この配列に依らなければ、両グラーマの差は音律的なものであり、互いに異なる主音との協和を考えて微妙な調整を施したものであろうと考えられた。ところがこの配列を見ると、交換によって約半音変わるのであり、3シュルティあるクシティ(クシャマー)からサンディーピニーまでが実は半音に過ぎず、4シュルティのアーラーピニーからラミヤーまでが実は増二度に相当することになる。そうであれば、サ=グラーマとマ=グラーマは、誰が聞いても違う音階と判別できるほどの違いを持っていたということができよう。

また、同じ場所のガ=グラーマを見ても、マールジャニーからラクターまでの3シュルティは半音なのに、サンディーピニーからマダンティーまでの3シュルティは、実に大全音に相当するのである。そうだとすれば、ガ=グラーマは、ほとんどサ=グラーマの転回形で、単に定義上の都合で名目のシュルティ数が異なるだけということになってしまう。

にわかには信じがたい分析結果だが、本当にそうなのだろうか?

私は、そうではなくて、グラーマによって、シュルティの種別の配列の交替があったのだろうと考える。上記の配列は、サ=グラーマの場合のもので、マ=グラーマやガ=グラーマの配列は別であっただろう、と。例えば、マ=グラーマやガ=グラーマのアーラーピニーは、マディヤーかアーヤターであったのではないか。また、ガ=グラーマのクシティ(クシャマー)は、カルナーだったのではないか。


(最終更新2013.8.4)

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