声楽と音度名唱

 ※音度名唱「拡張移動サ」の全体を概観するには、拡張移動サ音度名表をご覧ください。

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同名異音を持つ音度名

いわゆる「異名同音」

西洋系の音楽では、よく「異名同音」ということが言われる。それは、音名は互いに異なるけれど、ピアノなどの楽器を演奏するに際しては、叩く鍵盤が同じで同じ音が出るという、そういう関係の音のことである。ドイツ式の音名で言えば、例えばCisとDesは、標準的な調律をされたピアノでは、同じ黒鍵を叩くことになる。EisとFでは、同じ白鍵を叩く。

西洋系の音名は、7つの幹音に、4つずつの派生音が加わって、オクターヴ内では原則として最大35種である。それが、ピアノの鍵盤はオクターヴを12の音程に区切っているだけであるから、それぞれが3つまたは2つ(2つになるのはGis/Asの鍵盤のみ)の名前が割り当てられることになる。

ところが、それらは、最初から同じ音高にするために名付けられたものではなく、本来は音高も別々になるはずの音名である。少ない数の鍵盤で広い音域を楽に演奏できるように、またその他の理由もあって、妥協した結果、オクターヴに12の半音を割り当てる形になったものである。

「同名異音」ということ

しかし、ここで私の言うのは、それとは違うことである。

まず説明しなくてはならないのは、音名でもともと同じ「A」なら「A」であっても、実は、前後の状況によって違う音高が意図されうる、ということである。音名のレベルでも区別しきれない音高というものが実はある。厳密な音名というのは、振動数を数値で言う以外には存在していないのである。

同じ音名で音高の異なる条件は、いくつかある。例えば物理学的音名の「A=440Hz」といった、調律の基準音の音高も、演奏条件や演奏者の好みによって決められるものであるので、当然、それによっても音高は変わる。そして、基準音からどうやって他の音の音高を決めるかという「音律」も、何十種類だと確定できないほどの種類があるので、それによってもまた音高が違う。そこまでは、ピアノでも事前の調律で変更できる。けれども、同じ基準音高で同じ音律に従っていても、その中でまた「同名異音」が発生するような場合、或いはそれを内包する音律が存在するのである。

それは、「全音」や「半音」が均等でない音律のうち、オクターヴを12半音に絞らないもので、しかも音階によって使用音が流動するタイプの音律である。例えば、長調(=長旋法・ド旋法)において、純正律では、ドとレの間が大全音、レとミの間が小全音である。そうすると、ハ長調では、DとEの間が小全音であるが、ニ長調では、同じDとEの間が大全音に変わることになる。もしDの音高を同じとすると、ニ長調のEの音高は、ハ長調のときより1コンマ高くなることになる。

「いや、それは困る」ということであれば、各音名ごとの音高を固定しても、不均等音律の音楽は当然ながら成り立つが、その場合には、ハ長調の「ドレミ」とニ長調の「ドレミ」では、音程関係が異なることになる。音程関係を保ったままの純粋な平行移動ではなく、移調するごとに曲の性格が変わってしまう。12平均律が普及する前に、各調ごとの性格が違うことが認識されていたのは、移調すると音程関係の変わる、不均等で固定された音律がよく用いられていたからである。

その「同名異音」の話を、ここでは更に「拡張移動サ」の中に持ち込む。

拡張移動サの音度名は、音度名唱に使われうるもので、ざっと91個を数える。オクターヴ内に91もの名称があれば、もちろん、西洋音楽の35の音名に相当する区別は十分内包しており、例えばサのティーヴラであるシと、リのコーマルであるラとは、名称でも、意味している主音との音程でも区別できる。だから、そういうレベルでは「同名異音」は発生しない。

また、音度名は、移調すると、そのまま付き従って動くものである。ハ長調でもニ長調でも主音は「サ」であり、そこを基準にする音程関係は変わらないのが標準である。ここでは、音名のときと逆に、移調に際して旋法内の音程関係が変わらないときに「同名異音」が発生せず、変わるときに発生しうることになる。

「ディ」の変位

「ディ」は長ⅵ度音の音度名である。純正律では、主音「サ」との振動数比は、非常に単純な整数比の取れる3:5である。

「ディ」=「長ⅵ度」=3:5/884¢/78к

この音程は、完全ⅳ度と長ⅲ度の和と考えても同じである。

「ディ」=「完全四度(3:4)+長三度(4:5)」=3:5/884¢/78к

ところが、完全ⅴ度と長ⅱ度の和と考えたらどうなるだろうか。

「ディ」=「完全五度(2:3)+長二度(大・8:9)」=16:27/906¢/80к
「ディ」=「完全五度(2:3)+長二度(小・9:10)」=3:5/884¢/78к

長二度には、大全音と小全音の2種類がある。そして、大全音の方が多数派で個別の響きもよく、まず優先的に考えられるのは大全音である。ところが、ここで大全音を使うと、単純に長ⅵ度として考えていた3:5の音程よりも、和が広くなってしまう。小全音を使うことで、和が3:5に落ち着く。

即ち、○○度、と称する音程に、音律内で種類が分かれるため、それらを足し合わせた和が、いつも同じになるとは限らないのである。

ここで、「サ・リ・ディ」の三音の関係を考えてみよう。これは、長二度+完全五度と考えることができる。「サ~リ」の長ⅱ度は、それだけを考えれば大全音である。そこからリに協和する五度上を取るならば、「サ~ディ」の長ⅵ度は広くなって16:27になる。

また、「サ・パ・ディ」の三音の関係はどうだろう。これは、完全五度+長二度と考えることができる。「サ~パ」の完全五度は、文句なく、2:3が標準である。パは属音であるから、サからの旋律音型がしばしば平行移動してパから始まる旋律となる。だから、「サ~リ」関係を平行移動して「パ~ディ」の長二度を考えるのも自然なことで、そうするならば、「パ~ディ」間はやはり大全音となる。するとこの場合も、「サ~ディ」の長ⅵ度は広くなって16:27になる。

まとめると、長ⅵ度音「ディ」は、それ自体を考えるときや、間に「グ(長ⅲ度)」や「マ(完全ⅳ度)」が意識される場合は、振動数比3:5(884¢/78к)が最も自然である。ところが、間に「リ(長ⅱ度)」や「パ(完全ⅴ度)」が意識され、一時的であれ「サ」よりも影響力が強いときは、自然な振動数比は16:27(906¢/80к)に変位する。それらはいずれも純正律に従った「長ⅵ度」の音程であって、歌われる音度名として「ディ」を使うことに問題がない。

このように2к分広い長ⅵ度は、古典インドの最も有力な音階「サ=グラーマ」に見られるものであり、また、ヨーロッパの純正律の文脈の中でも、18世紀後半には、演奏上よく使われていたという資料があるそうである。

このように、1つの音度名は、±2.5к以内程度の、変位の幅を持って使用されるものなのである。

音度名「ディップ」と「ディッヒ」

さて、歌い分けはしないので「同名異音」と言ったが、「拡張移動サ」では、このような微細な音程変位を、理論的に呼び分けるための音度名を用意している。それらは1音節ではあるが、長い音節になるため、歌唱用ではない。

「ディ」の変位においては、3:5の音程のものが、「ディップ(dhip)」と呼ばれる。それに対し、16:27の音程のものは、「ディッヒ(dhiḥ)」と呼ばれる。メーラ記号と混同しそうな名称であるが、文脈を示しながら使うので心配はない。

ここでは最も代表的と思われる「ディ」について説明したが、ほとんど全ての音度名について、このような微細な変位の可能性がある。微細とはいえ、他の場面では、例えば「リ」と「ガ」のように、別々の音度名を充てていることもあるくらいの音程差であるから、それぞれを区別することには意味がある。

微細変位用音度名の命名法

まず最初に、「サ」からの振動数比で、106のカラー(к)にオクターヴを等分し、その1кごとを微細変位用音度名の基礎とする。音度名には、「12半音モデル型」「22シュルティモデル型」「24四分音モデル型」の3類型があるが、各モデル型ごとに、各音度名の標準音程が何к目なのかが決められる。そして、そこからどれだけどちらの方向に変位しているかによって、音度名に音節末子音を付加する。

・12半音モデル型の場合

基本は1半音=9カラー(к)幅で、基準音(つまり「サ」と同音位の別音度名)とそのオクターヴ関係に相当する半音の持ち幅だけ7カラー(к)幅の、合計106カラーという計算になる。各半音の中でカラー差を区別するには、各半音の持ち幅の中央を ¥h として、低い方から各音度名末尾に、t・n・p・m・¥h・k・+n・#t・#nを順に付けて書き分ける。

(付加音カナ表記:-ット・-ㇴ・-ップ・-ㇺ・-ッハ/ッヒ/ッフ/ッヘ/ッホ・-ック・-ング・-ㇽト・-ㇽン)

・22シュルティモデル型の場合

基本は1シュルティ=5カラー(к)幅で、基準音(つまり「サ」と同音位の別音度名)と対蹠音(つまり「タ」及びそれと同音位の別音度名)とさらにそれらのオクターヴ関係に相当する諸シュルティの持ち幅だけ3カラー(к)幅の、合計106カラーという計算になる。各シュルティの中でカラー差を区別するには、各シュルティの中央を ¥h として、低い方から各音度名末尾に、p・¥m・¥h・k・tを順に付けて書き分ける。

(付加音カナ表記:短母音字の後の場合:-ップ・-ン・-ッハ/ッヒ/ッフ/ッヘ/ッホ・-ック・-ット:長母音字の後の場合:-ープ・ーン・-ーハ/ーヒ/ーフ/ーヘ/ーホ・-ーク・-ート)

・24四分音モデル型の場合

12半音モデル型と共通する音度名は、微細変位用音度名の持ち方も共通する。

24四分音モデル型特有の音度名については、基本は各音度=5カラー(к)幅で、その中心音高は、基準音から上方に順に次のカラー数。<4, 13, 22, 31, 40, 49, 57, 66, 75, 84, 93, 102,>

各音度の中でカラー差を区別するには、各中央音高を ¥h として、低い方から各音度名末尾に、p・m・¥h・k・+nを順に付けて書き分ける。それらのカナ表記は、12半音モデル型と同じ。


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