声楽と音度名唱

 ※音度名唱「拡張移動サ」の全体を概観するには、拡張移動サ音度名表をご覧ください。

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拡張移動サの実践(3)

既存の音感の移入(3)

『君が代』の場合

音楽の全てが長音階か自然短音階に基づいているわけではない。もしそうだったら、「移動ド」がちょうど必要十分であり、それ以上のことを考えるのは余計なことだっただろう。むしろ、私たちが自然に触れ合う音楽の過半は、多少なりともそこから外れていたり、全く違う音階に基づいていたり、そもそも音階や旋法という考え方を使っていなかったりするのである。

このページでは、日本の国歌『君が代』の旋律について見てみよう。

君が代

上記の譜面の中で歌詞として振られているうちの、上段が「拡張移動サ」の音度名であり、下段で括弧に囲まれている方が、「移動ド」の階名である(ハ長調の均で書いているので「固定ド」で読んでも同じにはなるが)。

『君が代』には、臨時記号付きの音もないので、苦労なく「移動ド」の階名を振ることができる。この楽譜ではハ長調(より正確にはハ均)なので、当然ハ(C)音がドである。そこで振ってみた階名を見てみると、この曲は、レで始まって、レで終わっている。そればかりでなく、途中のフレーズの終わりも、2小節目・8小節目の2回が、レで終わっている。仮に、上昇した緊張点の6小節目・9小節目をも数え入れるなら、4回となり、レが圧倒的に中枢を成している。従って、この曲の主音は、階名のレである。

ついでにレに次いで中心になる音も探すと、それは旋律の終わりや折り返し点に使われるソで、さらにそれと殆ど並んでラが重要というのが見て取れる。それらは、主音と判定したレと、それぞれ完全四度・完全五度の関係にあり、旋律の枠組みを成すのに最も効果的な位置関係であって、そのことにより、レが主音であるという判定が補強される。

「拡張移動サ」は、主音が「サ」(乃至は例外的に他のサ=スヴァラ)と読まれるのであるから、『君が代』では、階名のレの位置が、サとなる。長音階ではド、短音階ではラが主音となっていたが、その2つ以外の階名が主音になる曲もやや少数派ながら存在しており、その場合はこの『君が代』と同じように、ドやラ以外の階名の音が音度名のサになるのである。

『君が代』の音度名をこうして振ってみると、ⅶ度音が導音「ヌ」ではなく「ニ」になり、上半支(ウッタラ=アンガ)は、長調や短調の自然な運用には見られない「パディニサ」という形を呈している(実際には、上昇時は二で、下降時はディが現れるので、ディの代わりに「ナ」と読む解釈も妥当である。)。また、下半支(プールヴァ=アンガ)に目を転じると、長音階系か短音階系かを判別するのに最も鍵になる、ⅲ度音(ガ=スヴァラ)が、一度も旋律に出てこない。その結果からも、この曲が長音階でも短音階でもなかったことが裏付けられる。

実際のところ、「君が代」は雅楽で最も多用されていた旋法の一つ(詳しくは呂旋壱越(いちこつ)調)に基づくとされる。西洋でも、教会旋法の第Ⅶ旋法(ミクソリディア旋法)と相似であり、それは中世ヨーロッパでは主流の旋法の一つであった。

なお、源となった旋法に基づくならば、上の五線譜には調号としてFにシャープが1つ付くのが本来であり、移動ド階名は、「ソファソラ|ドラソ―|~」と始まることになる。


(最終更新2011.6.4)

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