声楽と音度名唱

 ※音度名唱「拡張移動サ」の全体を概観するには、拡張移動サ音度名表をご覧ください。

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拡張移動サの仕組み(1)

歌うための音度名:移動サ

「移動サ」は、「固定ド」「移動ド」との対比で、私が考えた呼び方である。

本来、インド文化圏の代音唱法であって、「サレガマ」「サリガマ」或いは「サルガム」と呼ばれるものである。最低限の形は、「サリガマパダニサ」または「サレガマパダニサ」というものであって、西洋起源の「ドレミファソラシド」と相似の形をしている。だから、一般には同じような階名の仲間だろうと思われているのではあるが、実は少し本質的に違うのだ。

音高に対して名前が「固定されているか・移動するか」ということでは、移動する。「サ」から始まるので、私はこれを「移動サ」とも呼ぶことにした。「音楽教育の上で『固定ド』と『移動ド』のどちらが優れているか」といった議論に関われるような、あるいはそれらと対比させて意味のある存在なので、私は敢えてこのような呼び方をし、このサイトで使っているわけである。

「移動サ」と「移動ド」の本質的な違いは、例えば自然短音階を考えるとすぐに目に付く。「移動ド」では、短音階の旋法は「ラ」から始まり「ラ」で終わるが、「移動サ」では、長音階と変わらず、やはり「サ」が主音なのである。「移動サ」では、長音階・短音階に限らず、どんな旋法でも、必ず主音は「サ」であり、「サ」で終わる。「サ」はそのまま「主音」ということなのである。これが、階名唱と似て非なる「音度名唱」である。

普通考える「音度名」というのは、日本語では「主音」「属音」「下属音」など、外来語では「トニック」「ドミナント」「サブドミナント」などというもので、到底、曲を歌って覚えるのに使える代物ではない。「音度記号」というのもあって、普通はローマ数字(ⅰ・ⅱ・ⅲ……)か算用数字に必要に応じてシャープやフラットを付けたもの(つまり「1,♭2,3,♯4,……」など)であるが、これは見た目にすぐ分かり手で素早く書けても、やはり口で歌うには難がある。

ところが「移動サ」は「歌うための音度名」なのである。

とても歌い易い移動サの音度名

代音唱法の理想は、すぐにその音が確定できて、速い音の動きにも対応でき、音の区切りも明確、ということである。これを形にすると、

「子音1つ+母音1つの1音節」

というのが理想なのである。しかも、子音はしっかりして流れにくく、音質が明確に違って区別しやすく、なおかつ特別な努力なしで発音できるありきたりなものが良い。そして、母音も世界中の言葉でよく使われ、区別されているものから使われるのが良いのである。

「拡張移動サ」はこの要件を実によく満たしている。

かなり特殊な旋法を歌うための音度名に至るまで、「子音1つ+母音1つの1音節」の原則が守られていて、比較的速い動きの音楽でも問題なくついて歌うことができる、その点では、ドイツ語式音名などに比べて、はるかに歌い易い。

基本的な7つの幹音に使われる子音は、「S,R,G,M,P,Dh,N」の7種類であるが、曖昧で弱い音はなく、音程が切り替わる区切りをはっきりと示すことができる。日本数字式「ヒ・フ・ミ・ヨ・イ・ム・ナ」に「H,F,Y,'(無子音)」という弱い子音が並び、また「M」が二度重複するなどしているのに比べて、明確に優れている。無声音と有声音、破裂音と鼻音と摩擦音と流音、唇・舌先・軟口蓋等の調音点など、音声的な特徴が実にバランスよく散らばっていて、これを何らかの形で区別できないという民族は世界にいないだろうと思われるほどである。ドレミを拡張したトニック=ソルファでは、LとRの区別が我々日本語話者などに問題になり、その部分を変更したりされることになるのであるが、「拡張移動サ」は日本語のカナ書きでも全部区別がつけられる。

最も拡張したシステムでは、更に「V,Ch,#Th,X(=Kh),J」そして「Bh,Q,Z,Y」が追加の頭子音として使われるが、システム全体として、こうした長所をなるべく失わずに済むように配慮されている。そしてまた、これらの子音は、普通のアルファベットで頭文字を並べても、重複していない。

母音は、世界中で最も普通の音「A,I,U,E,O」で、旋法の大部分をカバーしている。

しかも、主音・属音・下属音という旋法の<骨格>には、最も歌い易いとされる母音「A」が使われており、歌う上での出現頻度が最も高い。それでいて、同じ母音ばかりが続いて混乱しない程度に、他の母音が「I,U,O」の出現頻度順で混じるようになっている。5母音のうちで最も歌い方が難しいとされる「E」が、最も頻度が低い。これは、「E」が頻出するドイツ語式音名より優れているのはもちろんのこと、「レ」を持つ「ドレミ」よりも若干優れていると言える。

かなり特殊な旋法になると、更に「$R,$Ai」の二つの母音が登場するが、これらを実際に使う頻度は極めて低い。けれども、もしこれらに出会っても、日本語のカナ表記では「ユ・ヤ」を使い、ごく普通の拗音として歌えるもので、発音上心配するに足らないのである。

個数が多くても規則的

拡張移動サは、ざっと50以上、総計で92個もの音度名を持つ。濁音・半濁音等を含めた日本語のカナの個数全体にも匹敵しようかというところである。

だから、この音度名がランダムに並んでいたら覚えるのに気が遠くなりそうなところだが、実は結構規則的なのだ。もともとのインド音楽の音度名の仕組みに規則性があるので、それを規則的なまま拡張することが可能であった。「ドレミ」の場合と違って、「シ」を「ティ」にする程度の改変もなしに、元来のシステムがその中に保存されているのである。

しかも、一度に全部覚える必要はなく、それどころかいつか覚える必要もなく、各人が普段使う範囲だけを覚えておけば用が足りるのである。その詳細は、次ページ以降に譲る。

純正律を歌う移動サ

拡張移動サの音度名の個数が多いのは、音度によって音度名の子音を決める方式が、純正律を基本にしているためである。

ピアノであれば同じ鍵盤をたたくことになる、いわゆる「異名同音」の関係にある音度名が、ほぼ4組も存在しており、その数は西洋音楽の通常の音程の表現方式よりも多い。それらの異名同音は、和声をよく響かせるための微妙な音程の違いを内包している。

従って、拡張移動サは、12平均律による和音の響きに対する感覚への弊害を助長することがなく、微妙な音程の違いを示す純正律での音楽教育に適している。

それでいて、12音技法的な音楽に向けても、多音度音階用の追加音度名を用意しており、さらに、四分音を必要とする旋法にも対応できる。非常に対応領域の広い代音唱法システムである。

楽譜への書き込みについて

音度名は、五線譜から即座に規則的に読み取れるものではないので、実践において楽譜へのメモは肝要である。私はその時に、この表のような文字を使って書き込みをする。

これは、ローマ字やカタカナでは、他の書き込み――歌詞の読み・コードネーム・調・階名・演奏するパート・強弱その他の表現のメモ――と紛らわしくなるところを、他では使わない文字を使うことで避けることができるからである。なおかつ、ローマ字やカタカナに比べても、画数や書く時間が著しく増えることがなく、一つの音度名をそれぞれ一つの文字で表すことができている。

この字体は、インド系の文字から適宜変形したもので、特定の文字体系のブロック体とイコールではなく、実用の中で今も洗練中である。


(最終更新2010.4.10)

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