声楽と音度名唱

 ※音度名唱「拡張移動サ」の全体を概観するには、拡張移動サ音度名表をご覧ください。

大歓喜トップ >> 声楽と音度名唱 >> 拡張移動サの仕組み(3)

拡張移動サの仕組み(3)

拡張移動サの基本構造

拡張移動サの基本的な構造は、次のようである。

音度名は、「子音1個+単純母音」(C+V)の、開いた短い1音節である。

音度は、音度名の子音で表わす。

音程のバリエーションは、音度名の母音で表わす。

この基本構造は、ドレミから発展した派生音を含む階名唱のシステムである「トニック・ソルファ法」や「コダーイ・システム(コダーイ・メソッド)」と同工異曲である。

ただ、拡張移動サは、階名唱ではなく音度名唱であるので、実際の楽曲への適用でかなりの違いがあるほか、ドレミの拡張ではなく古典インドの音度名「サルガム」の拡張なので、名称が全く異なる。さらに、長音階や自然短音階を含むディアトニック音階(全音階)だけを特別に贔屓することがないという点も、特筆すべきである。


第1段階:最も基本的なシステム(南インドの暗記用音度名)

基準音 +1 +2 +3 +4 +5 +6 +7 +8 +9 +10 +11
リ・ガ ル・ギ ディ・ナ ドゥ・ニ

拡張移動サの骨格は、7種類の子音と、3種類の母音から成る。(※これが大きく拡張されると、16種類の子音と7種類の母音にまで拡がる。)

即ち、

・子音:S,R,G,M,P,Dh,N

・母音:A,I,U

一見して分かるように、西洋やインドの楽典に倣って、1オクターブ周期の7音音階を標準としている。(※その理由には今は触れない。)

子音は「S」が主音を、「R」がⅱ度音をというように順次表し、最後の「N」がⅶ度音を表して、次は主音に戻る。この順序は、重複したり飛ばされることはありえても、高低逆転されることはない。

母音は、「A」が基準であり、そこから半音上が「I」、さらに半音上が「U」という関係になる。移動サがどれだけ拡張されても、この基本順序「A」→「I」→「U」は変わらない。

完全系の音度(ⅰ度・ⅳ度・ⅴ度・ⅷ度)は、「完全」に当たる音程が「A」となる。完全ⅰ度音(=完全ⅷ度音=主音)は、S+A=「サ」であり、完全ⅳ度音は「マ」、完全ⅴ度音は「パ」である。

それに対し、長短系の音度(ⅱ度・ⅲ度・ⅵ度・ⅶ度)は、半音刻みで最も低くありうる音程が「A」となる。「ラ」(=R+A)とは短ⅱ度音のことであり、長ⅱ度音はその半音上であるから、R+I=「リ」となる。基準音(A)よりも高い方のみに母音変化(I・U)が設定されているため、対等に使われうる複数の音程のある音度については、このように基準音を低く置くのである。

「ガ」(=G+A)は、減ⅲ度音である。移動サでは、短二度音程の連続を無制限に(※実用上は4つまでが普通)認め、また長二度より広い二度音程として増二度や重増二度を認めるため、このように狭い音程のⅲ度音も標準の範囲内として扱われるのである。短ⅲ度音が「ギ」、長ⅲ度音が「グ」となる。

なお、こうした各音度での母音違いの音度名は、どれかが幹音でどれかが派生音ということではない。多数の音階・旋法を対等に扱うため、その時の音階・旋法に応じて、どれもが幹音でも派生音でもありうる。

ⅵ度音・ⅶ度音についても、同様である。短ⅵ度音が「ダ」となり、減ⅶ度音が「ナ」となる。

完全ⅰ度音から完全ⅳ度音までの四度と、完全ⅴ度音から完全ⅷ度音までの四度では、子音が変わるだけで、各音度名の母音の配置が相似形である。このことは、音度名唱をする上で、音程関係を感覚的に掴みやすくしている。

この基本形の段階で、移動サには異名同音が4組含まれているが、これは微細な音程の差異を表示すると同時に、音度を示す子音の重複や逆転を避けて、音度名唱を分かりやすくする効果がある。「ガ・ル・ナ・ドゥ」の4つの音度名を省くと、(純正律での)半音階が歌える。「サ・ラ・リ・ギ・グ・マ・ミ・パ・ダ・ディ・ニ・ヌ」である。


楽曲への適用

移動サは、というより音度名唱は、五線譜を単純に解析しても振り始めることができない。音部記号の種類や、調号(均号)にシャープやフラットが幾つ付いているかを見ても、そして臨時記号が見当たらなかったとしても、「サ」の位置を決める決定打は得られないのである。

拡張移動サを適用するには、主音を確定する必要がある。そのためには、一度その楽曲を演奏するなり聴くなり或いは思い浮かべて、イメージすることになる。楽曲をフレーズに分析して、どの音から始まってどの音で終わる傾向にあるか、調べてみて、主音の位置を確定する。ドレミで「ド」や「ラ」に感じる音が、移動サの「サ」に当たるとは限らない。例えば日本国歌「君が代」や歌曲「叱られて」などでは、ドレミの「レ」に聞こえる音が移動サの「サ」である。

一曲の間ずっと調が同じとも限らないから、転調しているかどうかも判断しなくてはならない。同主調への転調では「サ」の位置は変わらないが、平行調への転調では主音の位置が変わるため「サ」の読み替えが必要であり、これは階名唱の場合と逆である。

「サ」の位置を決めるのと並行して、残りの幹音がどう分布しているのかも調べる必要がある。移動サで扱われる音階・旋法は、五線譜表記で音符の書かれる位置(線・間)が1つ違うからといって、音度が1つ違うとは限らないのである。楽曲に使われている音全ての中で、どれが音階の主要な音で、どれが装飾的・派生的な音なのか、分析しなくてはならない。

それでようやく、各楽音の主音との音度・音程関係を定めることができ、音度名を振ることができる。

このように五線譜に対しては、ある程度の「解釈」をして初めて移動サを適用できるので、例えば初見の五線譜を視唱するというような場合には、すぐ歌い始められない移動サは不利である。

逆に、特定の音階・旋法、特にドレミに当てはまらないものを先に決めて、それで即興演奏するなどという場合には便利である。


(最終更新2010.4.3)

大歓喜トップ >> 声楽と音度名唱 >> 拡張移動サの仕組み(3)