106個のカラー
音程の単位「カラー」
「カラー(kalā)」とは、オクターヴを106分割した音程の単位である。
サンスクリットの原義として、「小部分・特に16分の1」の意味であり、旋法構成音程、即ち各スヴァラ間の音程を、平均で約15分割している。小全音(純正律のドレミ階名でのレ―ミ間とソ―ラ間)に対しては約16分割、大全音(同じくド―レ間・ファ―ソ間およびラ―シ間)に対しては約18分割、半音(同じくミ―ファ間とシ―ド間)に対しては約10分割となる。
「シュルティ」の場合と違って、一つ一つを旋法構成音として聞き取ることがほぼ不可能なため、各刻みに名前があるわけではないが、その代わりに数値で「何々カラー」と呼んで音程幅を示す。それを「カラー値」と呼び、その時の単位記号をここでは「к」と書く。ロシア文字のカーの小文字である。
なお、音高の基準A=440Hzとしたものに対し、A=442Hzを聞き分けられる人は、1カラーの差を聞き分けられると言えることになる。
音程表記の枠組みには種類がある
拡張移動サを適用する旋法の、音程表記の枠組みには、様々な精度の段階がある。
最も単純な枠組みは、12個の半音を単位とするものだが、実際に調律したり演奏したりする音程は、オクターヴを均等に12分割するとは限らない。均等に12分割する方法はもちろん使えるが、それは、無数に存在しうる音律の中の、12平均律という1種類に過ぎない。
12個に分割するのは、近傍にある音を一つにまとめて近似し、思考操作を簡単にするための方策である。音律による音程の違いを捨象して、仮に同一のものとして扱っているので、単純化された理論とその実践には開きがある。このサイトで、「66種の7音ヴァラヤ」とか「462種の7音メーラ」とか「22,638の7音ニシュターナ」などと言っているのは、この精度で近似された、単純化された枠組み上でのことである。そのことを意識して、私は「半音単位で」という断り書きを各所に挿入しているのである。
そういうわけで、12個の半音単位で理論を組み立てる際には、その裏で、「半音」に±30¢程度の音程差が音律によって生じることを前提にしている。それを許容することで、理論の単純化がもたらされているのである。
「22個のシュルティ」や「24個の四分音」に基づく、音程の表記もある。それはまた、別の水準の、つまりほぼ倍の精度の表記の枠組みである。中立音程を表記できる拡張移動サの音度名の定義は、やや不完全ながら、この水準の精度までの表記を視野に入れたものである。
「106個のカラー」は、さらにもう一歩だけ踏み込んだ近似表記であり、5リミットの純正律の音程の機微の他に、7リミットに属する音程のうちの一部を、整数値または0.5刻みの値で、よく近似して模式的に示すことができる。音度名唱では同一の移動サ音度名を使用しても、カラー値の異なる複数の音程を持つものがある。
主な音程のカラー値
純正完全音程(完全協和音程)
音程名 | カラー値 (近似) |
振動数比 | セント値 |
---|---|---|---|
完全一度 | 0 | 1:1 | 0.000 |
完全八度 | 106 | 1:2 | 1200.000 |
完全五度 | 62 | 2:3 | 701.955 |
完全四度 | 44 | 3:4 | 498.045 |
最も単純な整数比で、オクターヴの周期や、完全五度の旋律の枠組みを形作る。
純正三度・純正六度音程(不完全協和音程)
音程名 | カラー値 (近似) |
振動数比 | セント値 |
---|---|---|---|
自然長三度 | 34 | 4:5 | 386.314 |
自然短六度 | 72 | 5:8 | 813.686 |
自然短三度 | 28 | 5:6 | 315.641 |
自然長六度 | 78 | 3:5 | 884.359 |
完全音程に次いで協和する音程。12平均律では、左表の純正律との違いがかなり大きく、それぞれの誤差が、13.686¢と15.641¢に及ぶ。そのため、平均律にするとあまり融け合わず、響きが粒立って聞こえる。
基本的な3種の二度(ディアトニック音階の二度)
音程名 | カラー値 (近似) |
振動数比 | セント値 |
---|---|---|---|
大全音(長二度) | 18 | 8:9 | 203.910 |
小全音(長二度) | 16 | 9:10 | 182.404 |
大半音(短二度) | 10 | 15:16 | 111.731 |
純正のディアトニック音階を構成する、構成音間の二度。純正律では、長三度を二つの全音に分割するとき、音程の違う2種類に分かれ、それぞれを大全音・小全音と呼ぶ。
12平均律やピタゴラス律には存在していないこの「大全音・小全音」の違いは、初等・中等教育やピアノのレッスンで教わることはないが、洋の東西を問わず、5リミット以上の純正律を採用するところでは、ごく基本的な知識である。
両者に対し、その中間に調整された音程を「中全音」と言い、「中全音律(ミーントーン)」とは、中全音を用いた音律のことである。
増一度とピタゴラス半音
音程名 | カラー値 (近似) |
振動数比 | セント値 |
---|---|---|---|
中半音(増一度) | 8 | 128:135 | 92.179 |
ピタゴラスの短二度 | 8 | 243:256 | 90.225 |
小半音(増一度) | 6 | 24:25 | 70.672 |
長二度に2種類があったので、そこから短二度を引いた残りの増一度にも、やはり2種類が生じる。大全音から大半音を引いた残りが8к、小全音から大半音を引いた残りが6кということになる。また、ピタゴラスの短二度とは、完全四度から、大全音2つ分(ディトヌスという)を引いた値で、ピタゴラス律の旋律上の半音として用いられる。
こうして見ると、「半音」という言葉で示される音程の大きさの違いは、実に大きい。大半音と小半音の音程比は、約1.58倍にも達する。さらに、計算上は、大全音から小半音を引いた残り(振動数比25:27)も半音であるが、これは、12кで133.238¢に達する広い音程で、小半音の約1.89倍にも達する。
なお、この表の6к~8кの音程は、「シュルティ」と呼ばれた音程のうち、広い方の3種類の候補である。
2種類のコンマとディアスキスマ
音程名 | カラー値 (近似) |
振動数比 | セント値 |
---|---|---|---|
ピタゴラス・コンマ | 2 | 524288:531441 | 23.460 |
シントニック・コンマ | 2 | 80:81 | 21.506 |
ディアスキスマ | 2 | 2025:2048 | 19.553 |
ピタゴラス・コンマは、「5度のコンマ」とも呼ばれ、純正な完全五度を12回積み重ねたものと、7オクターヴとの音程差である。
シントニック・コンマは、大全音と小全音との音程差である。
また、ディアスキスマは、ピタゴラスの短二度と小半音との音程差である。
これらの2кの音程は、「シュルティ」と呼ばれた音程のうち、狭い方の3種類の候補である。試算によると、狭いシュルティは2種類しかなかったと推定され、そのため、このうちの1種類はシュルティではなかったか、或いは他の音程と混同されていたかとも考えられる。
主要な中立音程
音程名 | カラー値 (近似) |
振動数比 | セント値 |
---|---|---|---|
純正中三度 | 31 | 49:60 | 350.617 |
40:49 | 351.338 | ||
純正中六度 | 75 | 30:49 | 849.383 |
49:80 | 848.662 | ||
純正中七度 | 93 | 49:90 | 1052.572 |
80:147 | 1053.293 | ||
純正中二度 | 13 | 45:49 | 147.428 |
147:160 | 146.707 |
中立音程とは、例えば長音程と短音程の中間に来る音程、半音刻みではどこにも属さない音を少なくとも片方に含む音程のことである。左記は、そのうちでも主要な、旋法に使われやすい音程を掲げている。
5リミット純正音程のカラー値が偶数なのに対し、これらの音程では、カラー値が奇数となる。長三度と短三度のカラー値の差が6кであるから、その中間を取れば奇数になるのは当然である。1オクターヴのカラーが106個となっているのは、これらの重要な数値を整数値とするためである。
上記の各音程は、小半音(振動数比24:25)を、振動数比48:49の音程(35.697¢)と49:50の音程(34.976¢)とに分割する。各音程は、それぞれ3кに相当する。
(最終更新2010.10.11)